学校現場の「拡声器」になりたい
~ママ世代公募校長奮闘記(15) 山口照美
先日、民間出身の公募校長と教育委員との意見交換会が、メディアの入った中で行われた。注目されることは、マイナスにもプラスにもなる。
長いこと「経済格差を教育格差にしない」をテーマに原稿を書き、教育ブログで発信し、出版社に企画書を持ち込んだが、誰も振り向いてはくれなかった。その頃、『チーム・バチスタの栄光』などの著書を持つベストセラー作家、海堂尊氏のコメントを読んだ。
「小説が売れたことで、僕は拡声器を手にした。医療問題に注目してもらえるようになった」
私も、拡声器が欲しい。学校現場では、表に出せない教育問題に取り組み、解決のための工夫を凝らしている。「民間のアイデアを取り入れて」と言われても、私が考えつくアイデアの多くは全国のどこかで実践されている。それなのに、メディアにはなかなか取り上げられない。
だから、私は注目される場を利用して伝えたい。公立小学校は子ども達のセーフティーネットとして、必死に活動している。学力向上以前の課題に、日々追われている。今、変えなければ、いつか破綻する。他の公募校長の方も同じ想いで、教職員や教頭先生の多忙について訴えた。
メディアはネット世論の「空気」に乗る
「公募校長が学校現場の忙しさを訴える」。
その報道が出ると、ネットで批判的な意見がちらほら。「そんなこともわからずに応募したのか」「それを何とかするのが民間の力だろう」「学校に来る覚悟が足りない」……そんなことは、わかっている。公募校長のそれぞれが覚悟を決めて現場に飛び込み、教職員と一緒に解決策を探っている。
今回は、教育委員やマスコミに学校現場の代弁役として、各校長が気づいたことを語っただけだ。
それなのに、今は公募校長が何を言ってもマイナスにしか響かない。いや、メディア側で仕事をしたことがあるから分かる。「マイナスに見えるよう編集する」のが、今の旬で読者や視聴者に受けがいい。放映されたシーンで、興味深い編集があった。
ある校長先生が、こんな流れで話した。
(1)学校にいる不登校ぎみの児童を迎えに行き、話をして校長室まで連れてきた。
(2)その子が言った「学校おもんない、将来の夢もない」に考えさせられた。
(3)「未来に希望が持てない」ことが、教育問題の原因になっているのでは?
(4)しかし、夢を語るべき教職員は忙しすぎて、自分磨きをする時間が無い。
(5)私も、校長になってから多忙で、自分の時間が無くなった。
(6)子どもに夢を与えるためにも、現場の多忙さを解消すべきだ。
ニュース映像で切り抜かれたのは(4)「教職員は忙しすぎて、自分磨きをする時間もない」(5)「私も校長になってから多忙で、自分の時間が無くなった」という2カ所。前後の流れを知らず、「想像以上に学校現場は忙しい、自分もほとんど自由時間がなくなった」だけを読むと、考えの甘い人と誤解されても仕方ない。(1)~(3)の不登校児童に向き合う話がメインで放映されていれば、この校長先生が子どもと向き合う姿を知ってもらえたはずだ。
ニュースは意図的に作られる。さらに、そのニュースに「受け手の想い」という編集が入る。
「自分の偏見」=「常識」を知っておく
一般の人には「覚悟が足りない」と批判された意見交換会だったが、放映を見た複数の校長先生に声を掛けていただいた。「私たちが言っても届かないことを、伝えてくれてありがとう」と。立場が変われば、見方も変わる。
情報に接する時は、自分がどんな立ち位置かを意識する。メディアに接する時以外でも、大事な視点だ。
ある日、4年生の授業をのぞくと『ごんぎつね』の授業だった。子ども達は、「狐のごん」と「読者である自分」の視点を切り替えて、意見を次々と出していた。
小規模校のデメリットは、競争が少なく鍛えられにくい点だ。その反面、授業中の発言数が圧倒的に多いというメリットがある。
「話す力」の伸びを、「書く力」につなげるのが、敷津小の次の課題である。一方で、その前段階の「聞く力」「読む力」も、メディアリテラシーという視点も入れて鍛えておきたい。そのためには、近くにいる大人に情報分析力が備わっていないとダメだ。
情報の出所や公開された経緯を探る、言葉の使い方、映像の切り取り方から発信元の意図を読み取る。ニュースや新聞にあたる時だけでなく、すべての情報に向かう基本姿勢だ。
学校で、子ども同士のケンカがあった時。子どもは基本的に「自分は正しい」という方針で事件を脳内編集している。同じ事実に対し、「ボールをわざとぶつけた」「投げたところにたまたまいた」と食い違いが起こりがちだ。客観的な事実を聞き取り、感情論から離れ、非を認めた子が謝り、謝られた方が許す。この繰り返しで、子どもたちは事実と感情を分けることを覚えていく。
公募校長バッシングの裏に、マスコミの編集方針が見え隠れする。そこに、受け手の感情が絡む。公募校長を良く思わない人達は、大勢いる。相変わらずの向かい風で、最近また強くなっている気がする。
情報発信をコントロールする
そんな折、テレビ局から「民間人校長の仕事を通じて、公募制度の課題や成果を前向きに紹介したい」という依頼があり、受けることにした。今まで断りつづけていたが、学校の実態を知ってもらう「拡声器」としてはいい機会だ。どんな編集がなされるか、メディアリテラシーの事例として勉強にもなる。
映像や取り上げられる発言には、注意が必要だ。子どものプライバシーに関わるもの、マイナスイメージにつながる映像は避ける。メディアに編集能力があるなら、取材される側には「演出力」が求められる。
私はスーツで出勤をして、1日そのまま過ごすことが多い。その姿が放送された時、受け取り方はさまざまだろう。「着飾っていて子ども相手の仕事ができるか」という人がいてもおかしくない。だから民間人はわかってない、と。私ができるだけオフィシャルな格好をしているのは、理由がある。年齢的に一般的な校長より若いため、子どもから軽く見られやすい。指導をしやすくする目的で、スーツ姿を極力崩さないように気をつけている。
この機会に職員室を片づけよう!と、何人かが動き始めた。実のところ、取材が入る最大の効果かもしれない。
できあがった映像と現状が大きく違っても、子どもや保護者の不信につながってしまう。それは、この連載や校長ブログでも気を配っている。ただし、守りに入り過ぎても、何も書けなくなる。
関西限定であっても、「拡声器」を手にしたことを有り難く思っている。毎日の現場に取材し、「変えてはいけない」部分と「変わらなきゃ!」を発信していきたい。
同志社大学卒業後、大手進学塾に就職。3年間の校長経験を経て起業、広報代行やセミナー講師、教育関係を中心に執筆を続ける。大阪市の任期付校長公募に合格、2013年4月より大阪市立敷津小学校の校長に着任。著書に『企画のネタ帳』(阪急コミュニケーションズ)『売れる!コピー力養成講座』(筑摩書房)など。ブログ「民間人校長@教育最前線レポート」(http://edurepo.blog.fc2.com/)も執筆中
(構成 日経BP共働きプロジェクト・日経DUAL編集部)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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