群れるな・慣れるな・頼るな 好奇心を生涯保つ術日本画家 堀文子氏

――69歳のときにはイタリアのトスカーナにアトリエを構えたそうですね。

 アトリエを構えるところまではいっていなくて、人の家に間借りをしていました。西洋の人々がどう暮らしているのかを克明にみることができました。

自分だけの時間でき、5年間スケッチに没頭

――日本のバブルに嫌気がさして、イタリアに行かれたと聞いていますが。

 亡命しようと思ったんです。でも、現地の言葉も話せなければ、よその国で食べてはいけないじゃないですか。日本からお金をいただかなくては動けない。亡命はできなかったので、3カ月ごとに日本に帰ってきて、5年くらい向こうの家庭で暮らしました。

70歳近くになって、私だけの時間ができました。イタリアの農村を歩き回って、田園の中に一日座り込んで、5年間スケッチをしました。

ふだん日本では見慣れない生活ですから、何もかも描きたくなりました。中世そのままの風景で、向こうからレオナルド・ダビンチが馬に乗ってやってきてもちっともおかしくないような田園がそのままあるんです。イタリアの人たちは、苦難のなかでも自分たちの国土をめちゃくちゃにはしなかったんですね。

自分の能力以上のことをしてしまう恐れ

――堀さんのモットーは「群れない」「慣れない」「頼らない」。「慣れない」についてはうかがいましたが、「群れない」、「頼らない」ことは、なぜ大事なのですか。

 群れると人と一緒のことをし始めます。自分流に生きることができなくなります。群に迷惑をかけますから、できるだけ一人でいるようにしています。

頼ると、その人にくっついて、肩車に乗り、自分の能力以上のことをしてしまいます。そうすると自分を失います。私は小さいときからあまり人を頼らない子でしたから、あまりかわいがられませんでした。親だって、やはり頼る子、世話の焼ける子のほうが好きですよ。「自分でする」なんて言うと、「嫌な子だねえ」となるわけです。

――堀さんはどんな家庭で育ったのですか。

 母が私に一番影響を与えたかもしれません。母は、真田の藩の学者の家系だったようです。信州の非常に理屈っぽい女でした。父は歴史家でした。「要するに」とか「すなわち」とかいった言葉を使うような家に育ちました。

――「群れない」「慣れない」「頼らない」というのは、若いころはいいのですが、高齢になると、不安ではないですか。

 私は一人が好きだからそうしているのであって、それは仕方がないです。

絵を描くということは自分のなかにあるものを表現しているんですから、他人にあれこれ言われるとだめなんです。だから師匠にもつかないし、弟子も持ちません。

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