群れるな・慣れるな・頼るな 好奇心を生涯保つ術日本画家 堀文子氏

――堀さんは絵を描くためにすごく観察をなさるそうですね。

 この世の中の不思議なもの、美しいものに感動しやすいので、そういうものに対する驚きを記録したいというのが、どうも、私が絵を描いている原因じゃないかと思うんです。ですから、観察します。植物でも、どこから枝が出ているのかなどを、しっかり見極めます。

――堀さんが顕微鏡を覗(のぞ)いている写真をみたことがあるのですが。

 大変な病気をして、へき地などに遠出することができなくなりましたので、動かないでも驚く世界を見つけようと思って、子供のとき以来中断していた微生物を見ることを再開しました。それから、原始的な生物のすごさに、のめりこむようになりました。ミジンコだとか、クラゲだとかに熱中し始めています。

自分なりの縦軸と横軸をつくる

――絵描きになろうと決めたのはなぜなのですか。

 東京府立第五高女の2年のときに、私は自立したかったので、何かの仕事で生きていこうと思いました。男女差別のひどい時代でしたから、なりたかった科学者を目指そうとしても、大学に入れなかった時代です。どんなに専門的なことをしようと思っても「女子」と名のつくところじゃないと入れなかったんです。そんな時代に育ちましたが、美に関する分野のものはだれにも害を与えないで生きていけると思いました。それで美の周辺で生きようと考えました。

私は重大なことは親に相談したりしません。人のいいなりになると、その後で、人のせいにしてしまうからです。自分で分析し、私流に縦軸と横軸をつくって、小学校のときから学校でどういうことが好きだったか、そして、努力をしたかどうかという軸をつくったんです。その結果、いく通りの分析をしても、絵が残りました。私には努力したら、絵を描く能力があるかもしれないと気がついたのは、そうやって自分を分析したからなんです。

――そういうお話をうかがうと堀さんは画家になるべくしてなったという気がしますね。

 人間がどうして絵を描くのだろうと、90を過ぎて考えますと、画家とか芸術家というのは、このごろのことであって、人間がこの世の不思議の原理を追究しようとしたときには、ルネサンスのころでもギリシャ時代でも、科学者と絵描き、建築家、哲学者、宗教家は同じだったんです。

絵は結果です。排せつ物みたいなものです。なぜこの絵かといわれても、本人だって分からないんです。文字も言葉も生まれないときから人は何かを刻んだり記録していたりしたのではないでしょうか。踊ったり、走ったり、食べたりすることと同じじゃないでしょうか。

慣れるとものが見えなくなる

――堀さんは1960年にご主人を亡くしてから、古代から世界の歴史をたどる海外旅行に出かけるなど、1カ所にとどまらない暮らしが始まりますね。

 それは私の生き方の一番大事なところです。ものに慣れてくると、ものを見なくなってくるんです。知ったかぶりになります。なるべく驚いている状態、不安な状態でいるのが私にとっては薬なんです。

1カ所で同じものをみつめていると感性が鈍ります。しかし、小さいときに初めてものを見たときの驚きは90歳になっても残っています。その感動に近づくためには、なるべくものに慣れないようにするのが大事で、同じところに住まないと決めたわけです。慣れっこになりますと、同じものを見て驚かなくなるんです。例えば軽井沢(長野県軽井沢町)に行って、朝、浅間山を見たときの驚きはすごかったけれど、毎日見ていると当たり前になってしまう。

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