2014/6/27
音楽教室の海外展開を推進した川上源一社長

海外の音楽教室第1号を立ち上げたのは64年6月だ。場所は米ロサンゼルス近郊の町ポモナ。米国で販路を広げようと4年前に設立したばかりのヤマハ現地法人の営業店の一角でのスタートだった。ただ、文化も経済も異なる米国では教室展開は思うように進まなかった。「米国の市民にとってみれば、敗戦間もない東洋の日本から来た企業が、安いピアノを売り始めたと思ったら、子供の教育までやるという。これはなかなか信頼を得るのに苦労する」(藤山部長)

東南アジアなどで急拡大

当時国内総生産(GDP)が日本の8倍あった米国市民にとって、ピアノは目新しいものではない。米国でもピアノメーカーが多数あるため、国内のように楽器店に教室展開を呼びかけても、「他メーカーの製品も扱っているから優遇はできない」と断られた。しかし「グループで耳から」という音楽教育は米国でも新鮮で、企業ではなく規模の小さい個人教室を中心に、少しずつヤマハ方式の教育を増やしていった。

米国では文化や経済状況の違いから、当初教室の展開に苦労した

試行錯誤を繰り返しながらも海外進出のスピードは相当速かったといえる。2年後の66年にはタイ、カナダ、メキシコに教室を開設。積極的に現地の代理店と組み、教室展開を加速。欧州、東南アジア、中南米を中心に74年には20超の地域・国に教室が広がっていた。

ヤマハの教育システムは世界で統一されている。「キラキラ星」など扱う楽曲はどこの国でも一緒。音楽の流行に合わせて数年に一度曲目を見直す時には、16の言語に歌詞やテキストを翻訳する作業が必要になる。教育の質を担保するため、特に初期は国内から海外へ指導員を送り込み、各教室をまわって教え方をチェックした。

海外での音楽教室展開は現地の代理店の意向に左右される部分が大きい。生徒数の低迷や運営方針の違いから来る契約解除などで撤退した地域も少なくない。しかし苦い経験から得た教訓もほかの地域で生かせるケースもある。そうした一種の種まきが今、アジアを中心に実を結び始めている。

国内のピアノ市場は最盛期の31万台(79年)から1万7000台(2013年)まで激減し、ヤマハの子供向けの音楽教室も、90年に65万人いた生徒は少子化などで35万人まで減った。一方、経済成長が続く中国やインドネシア、タイなど東南アジアでは同社の音楽教室が急拡大している。中国・新興国の生徒数は16万人と5年前の2割増。3年後にはさらに4割増える見込みだ。中間層が拡大する中、子供にピアノを習わせたい親が増える光景は、かつての高度経済成長期の日本とだぶる。

ヤマハ音楽教室は今日でも11年に米グラミー賞を受賞したジャズピアニスト上原ひろみさんら数多くの著名な演奏家を送り出している。だがその最も大きな功績は、オルガンやピアノを演奏するハードルを下げ、楽器を楽しむ大衆文化を世界に広めている点だろう。

桐朋学園大学で教授を務める仲道郁代さんは「人間には身体で何かを表現したいという欲求がある」と指摘する。子供向けだけでなく一歩進んで高齢化の進む地域社会などで音楽教育が役立たないか、ワークショップなどを通じて新たな展開を追究している。(浜松支局 伴正春)