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音楽レビュー

山田一雄 若者たち熱狂させた「ヤマカズ」生誕100年の指揮者9人、極上のクラシック(7)

2012/5/16

音楽レビュー

作曲家の黛敏郎が司会者を兼ねた往年の音楽番組「題名のない音楽会」(テレビ朝日系)で、べートーヴェンの交響曲第5番(通称「運命」)冒頭の「ダ・ダ・ダ・ダーン!」の録音を聴き比べ、誰の指揮かを当てる企画があった。東京芸術大学音楽学部指揮科でも教えていたヤマカズこと山田一雄先生、「これは絶対にフルトヴェングラーです!」と断言したが、実は、自身の演奏だった。

死後20年へて芸術祭大賞に輝く

小柄で美しい銀髪、めがねの似合う上品な風貌ながら、指揮台での動きは獅子奮迅。自著「指揮の技法」(音楽之友社)では「指揮者たるもの、お客様に靴の底を見せてはならない」と戒めたが、本人はしばしば飛び、客席に落ちたこともあった。興奮のあまり指揮台に落とした高価なめがねを踏みつけ、ぐちゃぐちゃに壊したエピソードも有名だ。

今から三十数年前、上野の東京文化会館の最前列中央に座り、新星日本交響楽団(2001年に東京フィルと合併)とのチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」を聴いていた時、第3楽章の勇壮な行進曲風の楽想のピークで、ヤマカズさんの動きが激しさを増した。と思った瞬間180度回転し、目が合ってしまった。仕方ないので会釈するとマエストロは「ウン」とうなずいて定位置に戻り、何事もなかったかのように指揮を続けた。

当時の評論家はオーバーアクションを批判したが、若者たちは、永遠の青年のように輝くヤマカズさんの音楽が大好きだった。マーラーの弟子クラウス・プリングスハイムに師事した作曲は一流の腕前で、マーラーの交響曲第6番の日本初演には打楽器奏者として参加、第2次世界大戦前後はヨーゼフ・ローゼンシュトック、尾高尚忠とともに現在のNHK交響楽団の基礎を築いた……など、日本の西洋音楽史に記した偉大な足跡を知るのは、ずうっと後のことだ。本名は和雄。芸名が和男、夏精を経て一雄に至る流れも目まぐるしい。

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