本能寺の変はここから始まった? 天下分け目の晩餐日経おとなのOFF

贅を尽くした光秀の饗応メニューに、信長が激怒したのはなぜだったのか。それに関してはさまざまな説がある。大役を任されて張り切り過ぎた光秀が、まるで「御成」(臣下が貴人をもてなす食事)のような贅沢な食事を用意したから、という説。もう一つは、光秀が用意した魚が傷んで、城内に腐臭が漂っていたという説である。

今回の献立を再現してくれた食文化史研究家・永山久夫さんは、後者の説を取る。

「旧暦の五月は今でいえば梅雨時、雑菌が繁殖して食べ物が傷みやすい時期です。この時代に海のものを内陸の安土まで腐らせずに運ぶのには大変な苦労があったはず」。

たこ  軽く湯通しして煎酒(いりざけ)で和える。武将に必須のタウリンを多く含む。
鯛  軽く塩を振って網で焼いただけの、シンプルで上品な味。
あわび  海の宝石ともいわれ、昔も今もハレの食卓の定番メニュー。

5月15日、安土城に到着した家康に出された五膳の献立がこれだ。たこや鯛、真魚鰹(まながつお)の刺し身に、ほややあわびまで。豪華な海の幸をふんだんに使った料理にため息が出る。入手が難しい海のものをどれだけ集められるかは、権力者の証明でもあったのだ。

「再現した品の中で、今、そろえるのが一番大変なのはあわびです。直径20cmほどの大あわびは今は超高級食材ですからね。けれどもこの当時なら、大きなあわびも豊富に採れたのではないかと思います。たこやあわびは疲労回復に効果のあるタウリンを多く含んでおり、体力勝負の戦国武将にとっては非常に重要な栄養源でした。ゆでてスライスしたものをそのまま、もしくは酢であえて食べていたようです」。

きじ胸肉  パリッと焼いて山椒で味付け。戦国時代の貴重なたんぱく源だった。
しいたけ  肉厚のしいたけを味噌のしぼり液と砂糖で甘辛く煮含める。今も定番の味。

 現在も高級魚の代名詞である鯛は、川魚が食卓のメインだった内陸部ではごちそうだった。もちろん、川魚料理の王者である鯉のなますも献立には登場。うるか(鮎の塩辛)や独特の香りの鮒鮨など、入手が簡単なはずの川魚は保存食アレンジで、入手困難な海の幸は新鮮なものをそろえたところに、饗応の力の入れようが感じられる。

「山椒をピリリと利かせたきじ肉も、当時の食事の定番。今回は鶏肉で代用しました。味噌と砂糖で甘辛く煮付けたしいたけは、現代の食卓でもおなじみですね」。

海と川、山の幸を取りそろえた豪華絢爛な饗応食。信長の怒りの真意はどうであれ、天下分け目の食事にふさわしい、時代の粋を集めた五つ星メニューであったことを疑う余地はなさそうだ。

監修・料理再現 永山久夫(ながやま・ひさお)さん
食文化史研究家 1932年生まれ。福島県生まれ。食文化研究所、総合長寿食研究所所長。古代から明治時代までの食事復元研究の第一人者。時代ドラマの食事シーンの再現や時代考証を数多く手掛ける。

(ライター 岩崎真美子)

[日経おとなのOFF2009年12月号の記事を基に再構成]

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