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東京ふしぎ探検隊

富士山に登山鉄道構想 過去には山頂までの計画も

2013/7/26

■1960年代、富士急は山頂までの地下ケーブルカーを計画

にわかに脚光を浴びる登山鉄道構想。実は、半世紀前に富士急行は山頂までケーブルカーを走らせる計画を練っていた。どんな計画だったのか。

同社の社史「富士山麓史」に経緯が詳しく載っていた。それによると、1963年(昭和38年)9月、「富士山地下鋼索鉄道」として関係省庁に建設申請を行った。なんと、地下にトンネルを掘って頂上まで走る構想だったのだ。

富士急行が1960年代に打ち出した富士山頂までの地下ケーブルカー計画(同社の社史「富士山麓史」より抜粋)

社史によると、同社は地質学、気象、航空医学など各界に意見を求めた。環境保全と安全性を最大限配慮した結果、「地質的に最も安定した富士山南西斜面の5合目から頂上までのいわゆる”支杖(しじょう)流し”と呼ばれる巨大な溶岩流の下をくりぬくことになった」という。

それはこんな計画だった。

■「ハイヒールで日帰り登山」 富士急、環境配慮し撤回

まずは富士山有料道路(富士スバルライン)の第5カーブから南に分岐させ、「5合目スカイウェイ(仮称)」という自動車道を新設する。そこから車で約15分走るとケーブルカーのスタート地点である5合目駅に到着する。

5合目駅からは「支杖流し」の下をくりぬいて敷設した地下路線を進む。最深部が地下35.4メートル、最も浅い場所だと地下6.6メートルになるという。

ケーブルカーは5合目から8合目までの山麓線、8合目から山頂までの山上線の2路線で構成する。5合目と8合目、そして山頂に駅を設け、山頂までは約12、3分で到着する計画だった。山麓線は定員175人、山上線は定員120人を見込み、それぞれ2両編成を想定していた。

構想は「ハイヒールで日帰り登山」などと称され、大きな反響を呼んだ。しかし計画申請から11年後の1974年6月、同社は申請を取り下げる。会見で当時の堀内光雄社長(現会長)は取り下げの理由をこう説明したという。

トンネルケーブルは安全性と環境保全に最大限配慮してきたものの、自然保護が必要とされる昨今、いささかでも自然を損なう懸念のないようにするのが富士急行にとっても重要である――。

富士山頂で迎えるご来光(7月1日)

山頂へのアクセスという点で期待があった半面、富士山にトンネルを掘ることについては抵抗もあった。実際、構想を批判する声も多く、同社としても配慮せざるを得なかったようだ。

ちなみに、構想を発表・撤回した当時の社長、堀内光雄氏は元衆院議員。自民党の総務会長などを歴任した人物だ。

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