2012/9/5

例えば私の友達は、福島の原子力発電所に比較的近い街に住んでいるのですが、原発から放射性物質が流れ出したかもしれないといわれたとき、「自分はここにとどまる」といっていました。自分の人生は自分で決めるということなんですね。腹をくくって端然と生き方を決めればいいんです。

老後に孤独に暮らせるのは、お金持ちの国だからこそ

どんなふうにおカネを使うか、誰とどこに住むのか、どんなお葬式をしてどこのお墓に入るか……。今は個人の希望を静かに通させてもらえる時代だと思います。国が極度に貧しかったり、社会主義国家だったり、戦争中だとしたら、こうはいきません。

老後の楽しみ方もみなさんいろんな趣味がおありになって、本当にさまざま。エベレスト登山におカネをかける方や着物道楽の方もいるでしょう。私の場合は、50歳過ぎから土いじりが趣味です。自分の畑で作った採りたての菜っ葉なら手抜き料理でもすごくおいしくて、それだけでちょっと幸せなの。実にありがたい時代だなと感じます。

――それでも老後が不安という人は多いです。

最近、ある人と話していて「孤独死する人はかわいそう」と言うから、「アフリカの本当に貧しい国では孤独死なんてありえませんよ」と私はいいました。

そういった国では家の広さはわずか2畳ほど。家の入り口にドアなどなくてボロ布が下がっているだけですから、生死はもちろん、今何をしているかもすべて周囲に筒抜けなのです。

社会活動では、アフリカなど現地に足を運んで援助資金の使われ方を自分の目で確かめる。日本財団会長時代もたびたび長期海外出張をこなした

孤独に暮らせるというのはお金持ちの国のぜいたくなんですよ。だから老後に孤独に暮らしている人がみな気の毒だとは私には思えません。恐らく人とつきあうのがわずらわしくてそうしている人もいるでしょう。それも人生のひとつのチョイスとしてあっていいんじゃないでしょうか。

――そうした実感は、曽野さんが56歳のときに立ち上げられた、発展途上国で働く日本人宣教者を援助するNGO(民間活動団体)「海外邦人宣教者活動援助後援会」などの活動で、たびたび世界の最貧国を訪れた中で積み上げたものだそうですね。

ええ、ですから私は普通の人と比べて基準がちょっとおかしなところがあるのです。

次のページ
年を取っても国をあてにし過ぎず、貯蓄は「義務」