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東京ふしぎ探検隊

新宿南口、線路上に巨大ターミナル 「大新宿駅」が実現

2012/10/26

■南口改札前、橋ができたのは大正時代

南口改札前の歩道は以前より広くなった。将来的にはさらに広がり、15メートルほどになる見込み

いよいよ姿を現し始めた交通結節点。そもそもの出発点は老朽化した橋の整備だった。

南口に面した甲州街道は橋の上を走っている。改札前の交差点に立つと時々揺れるので、ここが橋の上だとわかる。道路の下はJR線で、この部分は「跨(こ)線橋」と呼ばれている。

橋が架けられたのはなんと1925年(大正14年)。80年以上も前だ。その後何度か拡幅工事を行い、現在の姿となった。

大正年間に架けられた橋は老朽化が進み、耐震性に問題があった。そこで1990年代半ばに橋の架け替え計画が浮上。計画を進めるうち、「新宿駅周辺の問題をまとめて解決する大規模整備の話に発展した」(国土交通省東京国道事務所の泉調整官)という。

当時、新宿駅周辺ではいくつかの課題があった。「橋の老朽化」「狭い歩道」「タクシーやトラック、一般車の停車による渋滞とそれがもたらす交通事故」「点在する路線バスの停留所」などだ。これらを一気に解決するアイデアが交通結節点の新設だったのだ。

巨大な人工地盤を、膨大な人々が行き来する駅の線路の上に築く――。2000年から始まった工事は難航を極めた。「工事ができるのは終電から始発までの3時間だけ。綿密な計画と人海戦術で乗り切った」とJR東の担当者は振り返る。

橋の架け替えは今年度中にはすべて完了する予定。かつて5メートルしかなかった歩道も8メートルに広がった。将来的には最大15メートルまで広げる計画だ。車やバスを交通結節点に誘導することで、甲州街道や地域の交通渋滞は改善する見込みだ。

■新宿区と渋谷区にまたがる新宿駅、今後は渋谷化?

ところでこの交通結節点、住所を見ると新宿区ではなく渋谷区となっている。新宿駅なのに渋谷区とはこれいかに、と思って地図を確認してみると、甲州街道付近に区の境界線が引かれていた。ホームを見ても、16番線までのうち、埼京線や成田エクスプレスなど1番線から6番線の大半は渋谷区に属している。これまで新宿駅といえば新宿区に位置する東口や西口が中心だったが、南口がにぎわい、人が集まるようになれば、新宿駅の重心が渋谷区側に移っていくかもしれない。

それにしてもなぜ、日本を代表するターミナル駅である新宿駅が、新宿区の外れにあるのか。経緯を探るべく、新宿歴史博物館を訪れた。

江戸時代、新宿は「内藤新宿」という江戸の外れの宿場町として知られていた。現在の四谷4丁目から新宿3丁目にかけてのエリアだ。当時はここが街の中心地だった。

1885年(明治18年)、日本鉄道品川線(山手線の前身)が「品川―赤羽」間で開通した。このとき新宿に中間駅を設置することになった。しかし「当時、鉄道駅は嫌われていました」と学芸員の後藤理加さんは指摘する。1985年(昭和60年)に国鉄新宿駅が編さんした「新宿駅100年のあゆみ」にこんな記述がある。

「当時は鉄道が敷かれると、街道筋の宿場の客が奪われるとか、機関車の煤(ばい)煙で田畑が荒らされるとかいわれ、各地で鉄道建設が忌みきらわれていた」

こんな理由で、町外れの何もない原っぱに駅が新設されたのだ。当時、新宿駅の利用者は1日に50人ほど。雨の日はゼロのこともあったらしい。

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