また、「選手の記録が伸び出した時こそ、現状の確認作業が効く」と平井は話す。2011年、上田は自己記録に届きそうなタイムを出し、彼女自身も自信がつき始めていた。そこで平井は、その時点の練習内容で出せているタイムの評価や、次の試合までのビジョンを丁寧に説明した。現状を把握し、自分の成長が実感できればゴールへの進み方もイメージでき、選手は目的意識を持って練習に臨むことができる。自分を信じられるように後押ししてあげることがコーチの役目だ。

「さらに練習に集中させるため、水泳を続けることの意義を春佳には話し続けてきました。何のために水泳をやっているのか、目指す目標は何か。社会人として給料をもらって競技を続ける意味なども話し、自問自答させた」

ロンドン五輪女子400mメドレーリレーで銅メダルを獲得した(左から)上田春佳、加藤ゆか、鈴木聡美、寺川綾(共同)

女子選手の場合、成長を助ける存在も大切だ。それはコーチだけでなく、選手同士の関係も当てはまる。上田にとってそれは寺川と加藤の存在であり、ともに成長していく同志のような関係だ。それぞれの結果が出始めた1年ほど前からは一緒にメドレーリレーでメダルを目指そうと気持ちの足並みも揃い始めた。女子選手は男子以上に、一緒に協力する意欲がモチベーションアップにつながる。

女子の自由形で五輪のメダルを取るのは容易ではない。だが、3人が一緒に出場できるメドレーリレーならメダル獲得という目標を掲げられる。チームを利用して明確な目標を掲げれば、間違いなくやる気が高まり、結果、個人の能力も引き上げられる。

2012年4月に開催された、ロンドン五輪代表選考会。先に、寺川と加藤は、個人種目で派遣標準記録を切った。残るは上田のみ。日本記録を出さないと突破できない中で100m自由形決勝に挑む。

女子100m自由形は上田春佳が54秒00の日本新記録で制し、個人種目で初めて派遣標準記録を破った。「チームでメダル」を目標に、自分の限界を打ち破った

レース前、平井はスポーツ新聞が張り出されているエリアで上田を待った。そこへ3人娘がやってきた。「春佳、よくこの記事を見てみろ。綾が200mを棄権してまでメドレーリレーを頑張りたいと書いてあるぞ。そんな目標があるのに、おまえだけ派遣記録を切らなくてどうする」。「あ、忘れていました」という上田に、寺川と加藤は大笑い。冗談っぽく笑いに変えることで、緊張させないように本来の目標に気づかせ、レースに集中させた。そのうえで平井は「死ぬ気で行け」と送り出した。

前半から飛ばす積極的なレースを展開した上田は最後までリードを守り、日本新記録で優勝。寺川と加藤に続き、個人種目で初めて五輪の派遣標準記録を切った。平井の目にはうっすら涙が浮かんでいた。

五輪を目の前にして、平井は個人種目はもちろん、女子メドレーリレーでメダルを獲得するために、大胆な変革に打って出た。新たに陸上トレーニングを加え、練習内容を大幅に変更したのだ。

「代表選考会と同じ記録で泳ぐなら、選考会前の練習の延長でいい。しかし、それでは五輪では戦えない。だから、0.1秒を縮めるためには守りに入るのではなく、大胆な改革が必要だと思ったんです。もちろん、すべて計算の上で」。

そして、ロンドン五輪。女子メドレーリレーは、シドニー五輪以来の12年ぶりの銅メダルを獲得した。あらゆる壁を乗り越えてきた、常識に囚われない平井流の思考は、3人娘にも最高の笑顔をもたらした。

平井伯昌(ひらい・のりまさ)
1963年生まれ。日本代表ヘッドコーチ。東洋大学水泳部監督。早稲田大学在学中は自由形の選手だったが、在学中にマネージャーに転向。アテネ五輪ではコーチとして指導していた北島康介選手が金メダル、中村礼子選手が銅メダルを獲得。北京五輪でも北島選手が2大会連続の2種目金、中村選手に2大会連続の銅メダルをもたらす。ロンドン五輪では教え子の寺川綾選手(女子100m背泳ぎ・4×100メドレーリレー)、上田春佳選手、加藤ゆか選手(いずれも4×100メドレーリレー)の銅メダルをはじめ、日本競泳陣に戦後最多の11個のメダルをもたらした。近著に『突破論~世界で勝ち続ける秘訣、60の“金言”』

(日経ビジネスアソシエ 高島三幸)

[日経ビジネスアソシエ2012年8月号の記事を基に再構成]