60、70代は「余った生」ではない
――本はいまだにすごいペースで出されていますね。
森村 古い本が蘇ったりして年間40冊くらい出ているのですが、新たに書き下ろすのは年間5~8冊です。
――森村さんは、著書『老いる覚悟』で「老後は時間を無駄にするのが一番いけない」とおっしゃられています。
森村 10代、20代と60代、70代になってからとは、時間の濃さが違います。若い頃は何もしないで時間を乱費していても特に何も感じなかったのですが、60歳以降は時間が煮詰められてくる感じがしています。
60代、70代は、もう「余った生」ではないですね。「必然的に人生に組み込まれている期間」です。でも、それまでの時期とは性格が異なります。
学生時代を第1期、現役で働く時期を第2期、60歳以降を第3期としますと、第1期は他人の期待で生きている。第2期は、会社、組織、集団、国家などの一員としての責任、使命、義務で生きる。第3期はそういうアウトサイドからの責任、使命、義務がなくなります。
60歳までは、自由業の人でも何かに所属していて、大きな渦の中に巻き込まれながら仕事をしている感じがするものですが、60代では、そうした感覚から解放されます。
――森村さんは一足早く、ホテルマンの仕事をやめてられていますから、若いときから、それに近い感覚はあるのではないですか。
森村 会社にいると、どんなにおいしい料理を作っても、「これは会社が提供してくれた食材だ」と感じます。「包丁まで貸与されている」と。どうせ料理を作るなら、自分の食材で作りたいと思いました。自分の包丁で、自分の時間で作りたい。そういう意識が30代後半になって強くなりました。
ホテルを途中退社したときに、自由を得ました。それまでは給料をもらって会社の時間を使っているという感じがしていました。会社の時間だったら少しくらいサボっていいと思うのですが、今度は自分の時間ですからね。大切にするんです。
ただ、今にして思うと、僕はホテルという人間観察の宝庫にいた気がするんです。いろんなお客様に対応しますし、ホテルに来られる方の目的は多様なんです。アテンドする時間が24時間ですから、昼と夜とで人間の生態も変わる。
――小説を書くにあたってはどんな準備をなさるのですか。
森村 作品によって違います。私小説はそんなに取材は要りませんが、社会性のある作品、エンターテイメント系の作品、時代物はかなり取材をします。