空虚なるモニュメント 江戸東京博物館建築家・菊竹清訓の遺産(1)

建築を通して「明るい未来」を社会に提示する――故・菊竹清訓(きくたけきよのり)氏はそんな建築家だった。1960年代には「メタボリズム」(代謝更新する建築・都市)という概念を世界に発信し、実作では大阪万博のエキスポタワー(1970年)、沖縄海洋博のアクアポリス(1975年)、愛・地球博のグローバル・ループ(2005年)など、主要な博覧会のシンボル施設を次々と設計した。伊東豊雄氏や内藤廣氏など、現在活躍中の建築家を多数育て、2011年12月に83歳で亡くなった。菊竹建築のワクワク感は、写真だけでは伝わりづらい。編集者自らが描いた、妄想混じりのイラストを添えてリポートする。(日経アーキテクチュア編集部)

東京・両国の国技館の脇に、4本脚で立つケモノのような建物。それが江戸東京博物館だ。建物は上部と下部に分かれている。上部には常設展示室、収蔵庫、図書室、和風レストランを収め、下部には企画展示室、ホール、ミュージアムショップ、洋風レストランなどを収める。そしてその間がスカッと抜けており、「江戸東京ひろば」と名付けられた屋外空間となっている。

広場の空間を斜めに横切るチューブはエスカレーターだ。これに乗ると、一気に常設展示室へたどり着く。常設展示室は一部、2層になっているが、基本的には天井が高い一室の大空間である。真ん中に原寸で再現された日本橋があり、その両側に江戸と東京の各展示ゾーンがある。

外から見てキャンチレバー(片持ち)で飛び出た東西のエリアも展示室の一部だ。この上には斜めの天井が架かる。よく見ると、わずかな隙間から自然光が差し込んでいる。ここは実は外側にガラス面があって、それを遮光している。開館からずっと塞がれたままだが、将来、大規模な機能変更でもあれば、ここから自然光を取り込むようになることもあり得なくはない。そんな状態を想像してみると、少し楽しい。

左は、両国駅プラットホーム方向からアプローチする際の大階段から見上げた様子。階段の上が江戸東京ひろば。右上は、エスカレーターの脇にある吹き抜け(1階)から見上げたところ。右下は、隅田川方面が見下ろせる7階のレストラン

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「江戸城の高さ」という意味
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