悲劇の都営三田線 大手町駅が「大手町」にない理由

「信義にもとる」 東京都、東急に厳重抗議

東急池上線大崎広小路駅と戸越銀座駅の中間地点。かつて桐ケ谷駅がこの辺りにあった(東京都品川区)

一方、都の「都営地下鉄建設史」に収録された都と東急の文書のやり取りを見ると、違った側面が見えてくる。

都が東急に単独着工を通告する半月前の1月26日、東急は都に1号線と6号線の同時施工には同意できないと伝えている。

都はこれに激しくかみつく。

東急は需要がないうちに多額の先行投資をするのは耐えられないことを理由に挙げたが、都は「先行投資は覚書締結当初より当然わかっていたこと」と反論。「数十回の協議を重ね、既に着工の段階に来ております今日、このような申し入れをされますことはまことに信義にもとる」と強く抗議している。

当時、都交通局で6号線の基本計画に携わっていた篠原さんは、一連のやりとりをよく覚えているという。「一番困ったのは、明確な返答がないままずるずると引っ張られたこと」だという。都の「建設史」も「3年余を空費した」と記している。都にしてみれば、向こうから持ちかけられ、レール幅を変更してまで対応した直通計画が一方的に破棄されたと映った。

東急は88年に編さんした「多摩田園都市 開発35年の記録」では表現を変えている。

「八方ふさがりの状態に追い込まれた当社は、6号線の建設をあきらめると同時に…」

東急としては、需要との見合いや他の路線との優先度の違いなどを考慮した結果、企業としてシビアな判断を下した、ということだろう。

結局、都は1号線の単独工事に踏み切り、6号線の三田から先の延伸は白紙となった。

1970年時点の東京の地下鉄整備計画(「都営地下鉄建設史」より)
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