悲劇の都営三田線 大手町駅が「大手町」にない理由

日比谷通りの幅がネックに

当時、東京都交通局にいた篠原さんによると、問題となったのは大手町駅ホームの形状と、地下鉄の上を走る日比谷通りの幅だ。

朝夕のラッシュが激しい大手町駅は、ホームをなるべく広く造る必要がある。ホームの形状は「島式」と呼ぶ、ホームの両側に電車が発着するタイプが適しているという。

地下鉄は通常、道路など公共用地の地下に造る。ビルなど民有地の地下だと買収や補償など費用がかさむからだ。このため、地上にある道路の幅を超えないよう設計する必要がある。千代田線と三田線の上にある日比谷通りの幅は、島式ホームを横に2駅分並べるほど広くはなかった。

篠原さんは語る。「都としては、本当は今の千代田線大手町駅、二重橋前駅、日比谷駅がある場所にそれぞれ駅を配置したかった。でも大手町では先に東西線の場所が決まっていたので、同じ営団の千代田線が優先されてしまった。千代田線大手町駅のさらに北側には、駅を造るだけのスペースがなかった」

結局、都が譲歩する形で決着。大手町から日比谷までの間に、三田線は2駅しか設置できなかった。「私は当時、直接の担当ではなかったのですが、担当していた先輩は本当に悔しがっていました」。そう語る篠原さんもまた、悔しそうだった。

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