紹介サイトで婚活デビュー
30代女子リアル婚活物語(1)
「性別―女、31歳、首都圏でひとり暮らし。身長、160センチ、中肉中背(太っていない)。年収、400万円。相手に求める条件……は身長、165センチ以上(できれば)、大卒以上(これはマスト)、年収―は私が400万円だから500万円、いやもう少し、500万円以上にしておくか(できれば)」
日曜日の朝早くから、31歳の山下聡美さん(仮名)は、自宅でノートパソコンに向かっていた。結婚相手を紹介してくれる大手プロバイダーのサービスに登録するためである。
自分の情報や相手に求める条件などを聞かれるままに答えていくと、画面がどんどん埋められてゆく。
「趣味は―えっと、映画や絵画を見ること……いやいや、インドアの趣味だけにしておくと、アウトドア派が見ないかもだから、マラソンと散歩も入れといて。休日の過ごし方―、そうだな、映画やマラソン、美術館めぐり。で、最後、相手へのメッセージ―うーん……」
ここで聡美さんは手を止めて、初めて少し考え込んだ。
できるだけ早く、最高の男性と知り合って、結婚してしまいたい。そのためには大勢の男性に受けのいい、人気を得られる文章を書きたい。
(結婚したい男性向けのメッセージねえ、うーん……)
10分ほど画面とにらめっこした後で、聡美さんは書き始めた。
「私は都内の出版社で、営業の仕事をしています。本が好きなので、将来、子供ができたときには、絵本の読み聞かせをしてあげたいです」
(まだ、何か足りないような……)
考えて、つけ加える。
「実家の両親が、小さいけれども家庭菜園をしています。そこで採れた野菜が最高においしいんです。私も将来は家庭菜園を作って、採れた野菜を料理して、家族に食べさせてあげたいな」(……と、こんな感じでどうだろう?)
時計を見ると、時間はすでにお昼近くになっている。
(ヤバイ、ヤバイ。こんなところで時間をとられたら、写真を撮るのが遅くなってしまう)
サイトに登録するための写真は、自然光のあるうちに撮ろうと決めていた。愛読している『モテ本』に、「そのほうがもてる」と書いてあったからだ。
着替えて、メイクの準備をする。
顔がきれいに見えるように、上半身はピンクがかった白の優しいブラウスを選んだ。普段はノーメイクだけど、今日は清楚なメイクをていねいに施す。
髪を整えて、1DKの部屋の中で、自然光の入る場所を探す。そして、携帯電話をカメラモードに切り替えると、自分に向けて構えた。
バシャ、バシャ。(写真もよし)
続いては、証明用の書類として、運転免許証を同じく携帯で撮ると、顔写真と一緒に送信した。これで、登録作業は終了だ。
(あとは、結婚相手が向こうからやってくるのを待てばいいわけね)
聡美さんはにんまり顔を崩すと、メイクをしたまま、ベッドに倒れこんだ。
疲れていた。元同僚宅での「家飲み」から朝帰りをして、まったく寝てなかった。けれど、達成感と期待感で、心は満たされていた。
見ると、空はあかね色に染まり始めていて、夕暮れがもうそこまで迫っていた。
聡美さんは都内にある中堅の出版社で美術書の営業をしており、都内でひとり暮らしをしている。
「婚活をしている人を探しているんだ」
と私があちこちでいって回ったところ、女性誌のライターさんから紹介してもらったのが、この聡美さんだった。
「彼女は、とても真剣ですよ」
と聞いていたので、期待してメールを送ると、話をしてもいいという。そこで私は彼女の住む町まで会いに出かけたのである。
雨の降る、日曜日の午後。住宅街にある駅に降り立つと、予想外におおぜいの人たちが出ていたので驚いた。
肌寒い日だったせいなのか、人出の割に、目に映る風景は、なぜかとてもくすんで見えた。
改札を出た私が、目で聡美さんを探していると、黒と灰色の太いボーダーのコートを着たお洒落な女性が、私に向かって歩いてきた。
「にらさわさんですか?」と聞かれたので、
「はい、聡美さん?」と聞き返すと、
「よかったあ、会えて。今日はよろしくお願いしますね」といって、顔いっぱいで笑った。
くすんでいた空気が急に、明るく華やかになった。
(次回は5月16日掲載)
NHKディレクターを経て文筆業に。500人を取材して書いた『必ず結婚できる45のルール』(マガジンハウス)や、崖っぷち婚活隊と全国の寺社を巡ったコミックエッセイ『婚活の神様!』(幻冬舎コミックス)など恋や結婚に関する著書多数。近著に『婚活難民』(光文社)
[nikkei WOMAN Online 2013年2月15日掲載]
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