「リズムで挨拶するんじゃねえ」 思い出す師の叱責
立川談笑
原稿書きそのものは楽しいのですが、連載は締め切りの存在が気重なのです。常に夏休みの宿題を抱えているようで。やらなきゃいけないことは早め早めにチャッチャと済ませて、何の屈託もなく夏休みを大いに楽しむ…。そういう健全で賢明な人じゃないんだねぇ、こっちは。
腐れ縁というか、ちょっとしたツテから、執筆の話が舞い込み、「じゃ、ま。ひとつアレなもんで、よろしく頼みます」と引き受けたというのが、連載開始のいきさつです。ユルい制約で幅広い話題を硬軟取り混ぜてお送りしようということです。
いや、そうだと思います。あの、違ってたら次回から改めます。とりあえず先に謝っておきます。すみません。m( )m
師匠に挨拶したら0.5秒で叱られた
ええ、最初なので「挨拶」の話をします。
前座として修行中、師匠の立川談志からよく叱られたものです。ある時などは、朝、顔を合わせて「おはようございます」と言った、そのたった一言をいきなり注意されました。
会って0.5秒で叱られる。これは一門の中での最短レコードとしていまだに記録は破られていないようです。その時の師匠の言葉が「リズムで挨拶するんじゃねえ」でした。
リズム??? 自分としては普通に挨拶をしたつもりなのに、どこがリズムだったのかと深く思い悩んだ経験があります。きっと、師匠と顔を合わせて条件反射的に出たというか、形式的で心がこもっていなかったのでしょう。
ここで自分の話は棚に上げて、別の例を挙げましょう。昨今のファストフード店などでの挨拶です。店内に入ると店員さんが声を張り上げます。
「いらっしゃいませおはようございます○○○○○○へようこそ!」
まずはブレスをしろ、と。息継ぎをしろ、と。肺活量に感心こそすれ、とても心がこもってるとは思えません。
んん、ちょっと待った。こう言うと「そんなところでいちいち心を込められても、客だって面倒臭いよ」なんて反応を想像してしまいました。そう、若者の。「そこで心こめられても、みたいな?」「ていうか、ウザくない?」みたいな。いやいや、そうじゃないんだなあ。
「おお、ようこそお越し下さいました。あなた様のお姿を拝見して従業員一同、感涙にむせんでおります!」
心を込めるっていうのはこういう大げさなのじゃなくて、人に接するにあたっての配慮。言うなれば人格の尊重です。大げさになっちゃったけど、そういうことです。人を人として正当に扱うことです。
最近は、他人を物のように扱う風潮が強まっていると感じておるわけですよ。同時に、逆に自分が物として扱われるパターンも覚悟している風情が実に気になります。しかし、ここらへんは積もる話がそれこそ山のようにあるので、別の回に改めますね。
店員も驚く 「挨拶返し」
ここで皆さんに質問です。知っている誰かから挨拶をされたら、挨拶を返しますか? それとも挨拶されても無視しますか? 私は、挨拶を返すタイプです。ほとんどの人がそう答えるでしょう。挨拶を無視するなんて、相当に嫌な奴のはずです。
では少し設定を変えて。ここはコンビニエンスストアです。あなたが店内に入ると、「いらっしゃいませこんばんはー」と、店員さんが向こう向きに作業をしながら言葉を発しました。
形式的には挨拶ですが、単にマニュアルに沿った発声なので気持ちがこもっているとは思えません。
さあ、ここで普段の皆さんはどうしてますか? 無視、ですよね、きっと。たいていはそうです。
でもそこで私は悔しいんです。マニュアルのために、挨拶がないがしろにされつつあるのですよ。挨拶の劣化です。コミュニケーション不全の小さな糸口です。
私はバカなので挨拶し返します。「こんばんは!」
時にはもんのすごくビックリする店員さんがいます。まあ、驚くくらいなら挨拶すんなッて!
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