ローン返済で週3日勤務を断念…米国ママの悲喜こもごも
米国NPの診察日記 緒方さやか
妊娠、出産する友人を見ていると、それまでフェミニストやキャリア一筋を公言していても、子どもが生まれると悩むのは皆同じのようだ。今回は、米国女性の子育てにおける人生の選択肢のいくつかを、紹介してみたい。
子どもの預け先や働き方は、家庭の「懐」次第
知り合いのAさんは、ファミリー科のナースプラクティショナー(NP)として、医師3人、NP1人のクリニックで働いている。長女が生まれてからは、 連邦法で定められた12週間の無給の産休を取った後、 職場と交渉して週3日勤務にしてもらった。「仕事がつらくなる頃、子どもと過ごす日がやってくる。子どもとべったりの時間がつらくなってくると、仕事の日がやってくる。ちょうどいいわ」と笑っていた。もちろんその分、給料は減るが、夫の収入もある彼女にとっては理想の選択肢だったようだ。勤務している間は、3歳の娘は保育園に預けている。
米国で公的な保育園の存在を聞いたことはないが、お金さえ出せば、子どもを預けるところは見つかる。また、高額ではあるが、住み込みでベビーシッターや家事手伝いをする「オーペア」というシステムもある。フィリピンなど、海外でメイドなどとして働くことの多い国の女性たちのほか、オーストラリア、スウェーデンなどの国々の若者が、外国語を学びながらオーペアをすることもある。当然ながら、お金に余裕さえあれば、仕事と子育てとを両立することも、たやすくなるのだ。
では、お金がない場合はどうするのか。メディカルアシスタントBさんの給与は時給12ドル程度。シングルマザーでドミニカ共和国からの移民である。そんな彼女は、近所に住む違法移民の女性に頼み、8歳の息子が帰宅してから自分が帰宅するまでの数時間を、格安で見てもらっているという。同じく中国からの移民のメディカルアシスタントCさんは、同居する親に子どもの面倒と料理を手伝ってもらっている。ただし、一般的な米国人の間では複数世代での同居はまれだ。
出産後は週3日勤務にしたいが、夫が反対 その理由は…
お金は給与の安いメディカルアシスタントの家庭でばかり問題になるわけではない。米イェール大のNP大学院で同級生だった友人Dさんは現在、成人科NPとして内分泌専門医のオフィスで働いている。エンジニアの夫と結婚して希望通り妊娠し、出産を控えている。現在は子どもが生まれてきたらできるだけ多くの時間をベビーと過ごしたいと考えているという。
冒頭のAさんのように、週3日程度の勤務にするのかと思ったところ、「現在の職場は人手が足りていないので無理だ」という。「それならば、パートタイムで仕事をシェアしてくれるNPを探してみたら」と言ってみた。2人で週に20時間ずつ働いて1人分の仕事(40時間:Full time equivalentとも言われる)をこなすように職場と交渉してみる、という手だ。
ところが、口ごもる彼女によくよく聞いてみたところ、実は職場は交渉できそうなのだが、夫が彼女の勤務時間を減らすのに反対しているという。「君のキャリアのために作った学費のローン(教育ローン)は、君が払うべきだ。子どもがいても当然フルタイムで働いて、返せるだけ返すべきだ」というような考え方らしい。
1200万円もの教育ローン返済がのしかかる、米国ならではの事情
NP講座の卒業時、同期の卒業時のローン額は平均で650万円程度だと聞いた。少なくともアメリカ東海岸の私の身のまわりでは、大学院の授業費は親の手を借りずに、自分で払うことが普通だった。「どんなに疲れていても、もったいなくて授業をさぼれない」と、同級生たちと笑っていたことを覚えている。
Dさんは生活費などもすべてローンで賄ったため、1200万円程度の借金を背負っているという。そのほとんどは、政府を通した利率の安いローンで借りられているが(私たちが在学していた頃は、年率3.25%で借りられた)、一部は年率7%にものぼるプライベートローンも入っているらしい。
確かにそれは大金だが、私は結婚したら運命も借金も共同体ではないかと思ってしまう。少なくとも、法的には2人の借金だ。修士号に使ったお金と時間は 、学位や資格のためだけではない。時給を上げ、人生の選択肢を増やすために、投資したお金なのだ。2人の子どもが、どちらかの親と過ごす時間が増えたとしたら、それは子どもにも、2人にとっても良いことだろう。エンジニアの夫が働き、彼女が週3日働いて、週4日間は子どもと過ごしても、 既に30年に分割してあるローンは返し続けられるのではないだろうか? そんな考え方は甘いのだろうか。
私も子どもが1人いる。もし夫が、子どもが小さいうちは、できるだけ一緒に時間を過ごしたいからパートタイムで働きたいと言い出したら、喜んで私がフルタイムで働き、家族を支えたいと思う。しかし、例えどんな選択をしても、子どもと離れて時間を過ごす親は罪悪感を感じ、苦しむと聞く。結局、みんながハッピーになれる保障付きの道などなく、手探りで探していくしかないのだろう。
婦人科・成人科ナースプラクティショナー(NP)。2006年米イェール看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。「チーム医療維新」管理人。プライマリケアを担うナースプラクティショナーとして、現在、マンハッタンの外来クリニックで診療にあたる。米ニューヨーク在住。
[日経メディカルオンライン 2011年2月2日付記事を基に再構成]
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