女と男で同時に始める不妊対策
不妊の原因は男女半々、検査・治療は二人で同時に
妊娠は男女の共同作業。不妊対策というと、女性の不妊治療とイコールのように思いがちだが、男性不妊のことも忘れてはいけない。「不妊の原因は男女半々。不妊治療は夫婦で一緒に始めるべきです」と梅ヶ丘産婦人科の辰巳賢一院長。スタートもゴールも二人で。これが不妊対策の鉄則だ(下のチャート参照)。
閉経の10年前から妊娠困難、タイムリミットは予想以上に早い
妊娠は男性の精子と女性の卵子が出合う「受精」から始まるが、両者の性質はかなり異なる(下表)。例えば、精子は男性の精巣内で毎日作られるが、卵子は女性が生まれた時から卵巣内にあり、新しく作られることはない。実はこれが女性不妊の一番のネック。「不妊治療は時間との闘い」といわれる最大原因だ。
「年齢とともに卵子も年を取り、数も減っていく。例えば30歳の女性なら、卵子も30歳ということ。個人差はあるが、妊娠する能力は20代前半が一番高く、30代前半くらいまではまだ大丈夫。しかし、35歳を過ぎると急激に低下していく」と辰巳院長。実際、不妊治療を受けて妊娠・出産に至る女性の数は、35歳ごろを境にグンと減少カーブを描き出す(右のグラフ)。
月経や排卵さえあれば妊娠のチャンスはあると考えがちだが、「実は閉経する10年も前から、卵子自体は妊娠できる状態ではなくなってきている」(辰巳院長)。一般的な閉経年齢は50歳前後だが、個人差が大きく、40代前半で閉経する人も。卵子の老化は、私たちが考えるよりもずっと早く進行していると考えておいたほうがいい。
だからこそ大切なのが、不妊対策をできるだけ早く始めること。そして夫婦二人で同時に取り組むことだ。「時間を無駄にできないからこそ、男性側に不妊の原因がないかどうか、最初から調べておくべき」と男性不妊治療が専門の恵比寿つじクリニックの辻祐治院長は強調する。
妻が不妊治療を何年もしていたが、授からないので夫の治療を開始。精子の状態は改善したが、そのころには妻の方が年齢的に妊娠困難に……。こんな悲劇は意外に多いという。
「不妊の原因の半分は男性にある。本気で子づくりを始めようと二人で確認し合ったら、男性が最初に検査を受けるくらいの気持ちで不妊対策を始めてほしいですね」(辻院長)
【女性の原因と検査】不妊原因のトップは「女性の年齢」
・排卵障害、卵管障害、子宮内膜症、着床障害など
女性の不妊原因のトップは、ずばり年齢。「女性は年齢とともにどんどん妊娠しにくくなる。卵子の老化を考えると、不妊治療は1歳でも早く始めるのがベター。35歳までには始めてほしい」と辰巳院長。
このほか、ひどい月経痛を伴う「子宮内膜症」、排卵がうまくいかない「排卵障害」、卵管が詰まる「卵管障害」などの原因も。「月経不順やひどい月経痛を放置していると、それが不妊原因を作ってしまうこともある。心当たりのある人は早めに受診を」と辰巳院長。なお、検査をしても何の異常も見つからない原因不明の不妊も15%程度あるという。
検査は、基礎体温測定やホルモン検査、内診、超音波検査、子宮卵管造影検査などの基本的なもの(左参照)から精密検査まで数多くある。卵胞期、排卵期などと、月経周期に合わせて行う検査が多い。
「女性の検査は男性に比べて項目が多く、時間もかかる。不妊の原因は男女半々でも、検査や治療の負担は女性の方が明らかに大きい」と辰巳院長は言う。
【男性の原因と検査】簡単な検査で結果がすぐ分かる
・造精機能(ぞうせいきのう)障害(乏精子症、精子無力症、無精子症など)、精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)、「勃起(ぼっき)障害(ED)など
「男性の検査は痛みなどの苦痛を伴わず、女性の検査に比べると負担が格段に軽い。結果も短時間で分かる」と辻院長。
検査項目はいくつかあるが(左下参照)、特に重要なのは精液検査。プライバシーが保たれた個室で精液を採取し、精子の数や動きなどを調べる。精子の状態は日によって変動するので、成績が悪ければ再検査が必要。結果は1時間ほどで分かるという。
男性の場合、最も多い不妊原因は精子を作る「造精機能」の障害だ。具体的には、精子の動きが悪い「精子無力症」、精子の数が少ない「乏精子症」、精子が精液中にいない「無精子症」などがある。
この原因として一番多いのが、「精索静脈瘤」だ。これは精巣(睾丸)の周りの静脈が瘤(こぶ)のように膨らんでしまった状態。お腹の方から温かい血液が逆流してくるため、精巣の温度が上がって造精機能が低下すると考えられている。「不妊男性の約40%に見られ、放置しておくとさらに精子の状態が悪化する可能性も。超音波検査などで簡単に分かるので、早めに検査を。男性不妊は原因が何であれ、早い段階で異常が見つかれば治療も早くでき、妊娠できる可能性がアップする」(辻院長)
【女性の治療】年齢に応じて、治療内容をステップアップ
治療は2本立て。一つは、排卵障害に対しては排卵誘発剤を使うなど、不妊原因と解消する治療。もう一つは人工授精や体外受精などの不妊治療だ。こちらは負担が少ないものからより高度なものへとステップアップしていくのが基本(左参照)。
まずは排卵のころに性交して自然妊娠を目指す「タイミング療法」。排卵時期は頸管粘液の状態から自ら予測することもできる。「排卵の3~4日前から、透明の頸管粘液が糸を引くようになる。このころに頻回に性交渉を。基礎体温や排卵検査薬で排卵日を予測して、その日に1回だけという人が多いが、排卵日に一回の性交より、排卵日前の複数の性交の方が効果的」と辰巳院長。
年齢が35歳未満なら、このタイミング療法を6~8カ月ほど続け、妊娠できなければ人工授精に進む。人工授精を5~8回やっても結果が出ない場合は体外受精、さらには顕微授精へ。
「体外受精の妊娠率は、人工授精に比べると約4倍も高い。ただし、これも年齢次第。35歳以降、体外受精の妊娠率は毎年数%ずつ低下する。35歳以上の人では、ステップアップを急ぐ必要があります」(辰巳院長)
残念だが、治療しても授からない人がいるのも現実。いつまで治療を続けるか、事前に夫婦で話し合っておくことも重要だ。
【男性の治療】精子がなくても打つ手はあり。早めが肝心
もし精子の状態がよくなかったら……。検査前のそんな不安に対し、辻院長は「どんな結果でも、打つ手はあります」と心強い言葉。「仮に無精子症であっても、妊娠できる可能性は十分にあります。精巣の中にある精子や精子になる細胞を顕微鏡で見つける方法(下コラム参照)もあり、実際、これで子どもを授かった男性もたくさんいます」(辻院長)
精索静脈瘤であれば、手術で治せる。脚の付け根を2~3cm切開し、うっ血している静脈を顕微鏡下で縛る。局所麻酔で、日帰り手術が可能だ。
また、精子の数や動きなどを改善する目的で、ホルモン薬や抗酸化作用のあるビタミン剤、血流改善薬、漢方薬などの薬物治療も行う。精巣で精子が作られ、外に出てくるまでに約3カ月間。治療もこのくらいの期間で、目途が立つ。
「男性の治療をすることで、顕微授精や体外受精といった高度な不妊治療をしなくても妊娠が可能になるカップルは、潜在的にはかなり多いはず。男性の治療は、女性側の負担も軽くしてくれます」(辻院長)
顕微鏡で精巣内の精子を探して回収する手術が、「顕微鏡下精巣内精子採取術(MD-TESE)」という最先端治療。「以前は精巣の組織を取り過ぎて男性ホルモンの不足を招くことがありましたが、この方法では精子がいる確率の高い場所だけを採取するので、合併症も少なくなりました」と辻院長。手術で精子が一つでも採取できれば、顕微授精で妊娠できる可能性がある。費用目安は40万円程度(全額自己負担)で、日帰り手術が可能。無精子症でも諦めないで。
辻祐治さん
恵比寿つじクリニック院長。男性不妊治療専門のクリニックを東京と福岡(天神つじクリニック)に開設。「まずは半年間、週に2回以上コンスタントに性交渉を。そ
れでも妊娠しなければ、男性が最初に精液検査を受けましょう」
辰巳賢一さん
梅ヶ丘産婦人科院長。不妊治療が専門。これまでに1万人以上の妊娠に成功。「最近は卵子の老化が知られるようになり、焦って不妊治療を始める人が増えている。42歳を過ぎたら治療の"引き際"を考えておくことも重要です」
(ライター 佐田節子)
[日経ヘルス2013年3月号の記事を基に再構成]
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