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米長将棋を支えた人間研究の勝負哲学

2012/12/21

独特の勝負哲学で棋界に君臨した米長邦雄元名人

個性派ぞろいの将棋界歴代覇者の中でも、元名人の米長邦雄はとりわけ異色の存在だった。中原誠から谷川浩司、羽生善治、渡辺明といった第一人者たちは、みな17、18歳のころには既にトップクラスと同等の実力を備えていた。その後実戦的な駆け引きなどを習得し、10代の終わりから20代の前半にかけてタイトルを獲得するのが覇者たちのパターンだ。米長はちょっと違った。初タイトルは30歳の時で、それも半年で奪われてしまう。三冠王から四冠王へと棋界制覇を果たしたのは40代になってからだ。それを可能にしたのが米長独特の勝負哲学だった。

相手の大事な対局ほど全力で

羽生が真っ先にその功績として指摘したのが「相手にとって重要な一局には全力を尽くせ」という米長の勝負哲学だ。「将棋界の要であり礎でもある」(羽生)。従って将棋界には八百長試合が存在しない。好き嫌いの感情で故意に手を抜く無気力な対局もないという。言葉で言えば簡単だが1対1で戦う勝負の世界ではなかなかできないことのように思われる。だが米長も単純な正義感だけで唱えたわけではなかった。半世紀近く昔の不思議な棋譜が残っている。

昭和40年代、ベテランK六段は好調で、順位戦最終局に勝てば昇級というところまでこぎ着けていた。しかしその相手は22歳で新進気鋭の米長五段。まともに戦って勝てる相手でないが後輩でもあるし米長の方は既に昇級が確定していて消化試合でもある。今となっては確かめようもないが、K六段は温泉旅行へ招待する代わりに緩めてくれるよう事前に頼みこんだという。

米長青年はキッパリ断った。当時をよく知る河口俊彦七段によれば空気は一変してタイトル戦のような真剣勝負になったそうだ。日本将棋連盟の倉庫に残されていた棋譜では米長が初手に9分、K六段は4手目に36分使っていて当日の緊張感が今も伝わってくる。

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