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大阪の地下街はなぜ1番ではないのか 東京ふしぎ探検隊(10)

2011/9/22

■東京と大阪、地下街の成立過程に違い

「八重洲地下街」は駐車場建設が発端だった(八重洲駐車場株式会社の社史)

大阪の地下開発は、地下鉄と地下道の開通が端緒となった。「ホワイティうめだ」などを運営する大阪地下街(大阪市北区)の社史「50周年を迎えて 大阪地下街株式会社50年史」によると、大阪市内に初めて公共の地下道が造られたのは1932年で、場所は堺筋にある三越前だった。1934年には御堂筋の順慶町、1936年にはさらに何カ所か新設された。一方、地下鉄は1933年の梅田~心斎橋間を皮切りに、1935年には心斎橋~難波間が開通するなど広がっていく。

戦後になると、モータリゼーションによって大阪市内は激しい渋滞と交通事故が社会問題となる。そこで大阪市は歩行者の安全対策として地下街建設構想を打ち出す。1953年のことだ。曲折を経てまずは難波にある高島屋の下に大阪初の地下街を造ることとなり、1957年12月18日、「ナンバ地下センター」が開業。これが現在の「NAMBAなんなん」だ。

地下街は大成功を収める。百貨店の来店者が1日15万人とされていた当時、20万人を超える人々が地下街に押し寄せたという。大阪市は「当時、東京にも地下街はあったがいずれも小規模。本格的な地下街としては大阪が最初」と胸を張る。この成功が1963年の「ウメダ地下センター」(現・ホワイティうめだ)の誕生などその後の地下街ラッシュにつながる。こうして大阪市は日本有数の地下都市となった。

地下街「新宿サブナード」は新宿駅の地下駐車場の付帯施設として造られた(東京・新宿の靖国通り)

一方、東京の大規模地下街は大阪とは成り立ちが違う。「昭和30年代、車社会の到来を見越して、東京駅や新宿駅などの主要ターミナルに地下駐車場をつくろうという計画が持ち上がった。その際、駐車場に地下街を併設したのがそもそもの始まりです」(八重洲地下街)。その証拠に、東京の主要な地下街の運営会社は、社名に「駐車場」が入っていた。「八重洲地下街」は八重洲駐車場株式会社、「新宿サブナード」は新宿地下駐車場株式会社、「池袋ショッピングパーク」は池袋地下道駐車場株式会社が発足時の社名だ。

歩行者を誘導するために生まれた大阪の地下街と、駐車場の付帯施設として生まれた東京の地下街。店舗の多さや通路の広さなど、地下街に対するとらえ方が違うのは、こうした歴史が背景にある。(電子報道部 河尻定)

大阪の地下の歴史
1874(明治7)大阪~神戸間に鉄道開通、大阪駅開設
1885(明治18)阪堺鉄道(現・南海電鉄)難波駅開業
1901(明治34)大阪駅の2代目駅舎が完成、現在の場所に移転
1906(明治39)阪神電鉄の梅田駅開業
1910(明治43)箕面有馬電気軌道(現・阪急電鉄)の梅田駅開業
1929(昭和4)阪急百貨店開業
1932(昭和7)大阪市内に初の地下道開通(堺筋の三越前)
1933(昭和8)地下鉄1号線(現・御堂筋線)梅田~心斎橋間で開通、梅田駅開業
1935(昭和10)地下鉄1号線、心斎橋~難波まで延伸、難波駅開業
1957(昭和32)初の地下街「ナンバ地下センター」(現・NAMBAなんなん)開業
1963(昭和38)「ウメダ地下センター」(現・ホワイティうめだ)開業
1966(昭和41)「ドージマ地下センター」開業
1969(昭和44)「阪急三番街」開業
1970(昭和45)「ミナミ地下街」(現・なんばウォーク)開業
1970(昭和45)大阪万博
1970(昭和45)「大阪駅前第1ビル」完成
1995(平成7)「ディアモール大阪」開業
1997(平成9)「クリスタ長堀」開業
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