渋谷駅が変身、3つのホームが大移動 迷宮の過去と未来

渋谷ゆかりの人物、平治の乱で活躍?

金王八幡宮は渋谷氏ゆかりの神社

それにしても渋谷駅はなぜ、ここまで複雑になったのか。そこには地形がもたらす宿命と、増改築を繰り返した鉄道各社の攻防があった。

渋谷という地名の由来は諸説あり、地形的な特徴からきているとの説が多いようだ。白根記念渋谷区郷土博物館・文学館の田原光泰学芸員によると、「入り江で『塩谷(しおや)』と呼ばれていたのが変化した」「川の水に鉄分が多く、渋色だった」「土地がしぼんだ谷間だった」などの説があるという。

平安期に周辺を支配していた渋谷氏に由来するとの説もある。渋谷氏はもともと神奈川県が地盤で、高座郡渋谷村の地名から渋谷氏を名のった。今も小田急線の高座渋谷駅などに名前が残る。この渋谷氏の流れをくむ人物が「渋谷金王丸(こんのうまる)」で、平治の乱のとき、源義朝の死を常盤御前に伝えたとの伝説がある。渋谷警察署の近くにある「金王八幡宮」にその名が伝わっている。

高低差が大きい谷という地形は、鉄道の敷設に影響した。銀座線だ。

五島慶太氏率いる東京高速鉄道が渋谷駅を設けたとき、青山方面に向けて急な上り坂にならないよう腐心した。電車の運行上問題があったため、といわれている。東横線との接続も考えた結果、東横百貨店の3階に乗り入れる形となり、地上からの高さは約12メートルと、東京の地下鉄で2番目に高い場所となった。

「3階部分にホームを設置したことが複雑な構造の第一歩となった」と田村准教授は指摘する。地上3階から地下5階の副都心線まで実に9階層もの構造は、独特の地形の産物なのだ。

銀座線と並んで渋谷を大きく変えたのが、1907年(明治40年)に開業した路面電車、玉川電気鉄道と1936年(昭和11年)に同社を傘下に収めた東京横浜電鉄(現・東急)だ。東急の生みの親、五島慶太氏は渋谷の開発にも力を注いだ。その中核を担ったのは、大規模な商業施設だ。

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