脂肪はカラダの貴重品 しっかりためて、小出しに使う
働きもののカラダの仕組み 北村昌陽
脂肪。健康について語るとき、この言葉はたいてい、かなり旗色の悪い立場に置かれる。曰く、お腹にたまった脂肪は生活習慣病の元凶だから減らさなきゃいけない。それには食事の脂肪を減らすことが大事。きれいなスタイルを保つにも、お腹周りや太もも、二の腕の脂肪をなんとかしなくちゃ…。
どれももっともな話ではある。ただ、そういうお話の結果として、もし脂肪を"諸悪の根源"のように感じているとしたら、少し残念だ。体は脂肪のことを、決して忌むべき存在とは見ていないのだから。むしろ、非常に価値あるものとして、大切に扱っている。
その象徴が、今回のテーマの「脂肪滴」。細胞の中に設置された、脂肪をためる袋だ。体は細胞の中に、脂肪のための"特別室"を準備している。「脂肪滴は、エネルギー源として脂肪を利用する上で、なくてはならない装置。様々な生き物の体に備わった、非常に基本的なメカニズムです」
兵庫県立大学大学院教授で、脂肪滴の機能を研究する大隅隆さんはこう話す。どんなふうに働いているのか、聞いてみよう。
余ったエネルギーを脂肪にして蓄える
脂肪滴の働きぶりが顕著に現れているのは、脂肪細胞だ。これは脂肪をためるための細胞で、お腹やお尻などの皮下に多数、分布している。「顕微鏡で見ると、内部は巨大な脂肪滴で埋め尽くされています」。
食べ物には、炭水化物、脂肪、たんぱく質などの栄養成分が含まれる。たくさん食べて摂取カロリーが消費量を上回ると余った分はすべて脂肪の一種、トリグリセリドという分子に変換され、ここに蓄えられる。
わざわざ脂肪に変換するのには理由がある。「脂肪のエネルギー密度は、炭水化物やたんぱく質の約2倍。つまり脂肪は、コンパクトに収納できる、備蓄に適した成分なのです」。
一方、お腹がすいてエネルギーが必要になると、脂肪滴の中でトリグリセリド分子が分解され、外へ放出される。これをほかの臓器が、エネルギー源として利用するわけだ。
この「蓄積」と「分解」を切り替えるスイッチが、脂肪滴の表面にくっつく「ペリリピン」というたんぱく分子だ。スイッチが蓄積モードのときは、トリグリセリドの分解を抑える。その結果、脂肪滴に脂肪がたまっていく。ホルモンの刺激で分解モードに切り替わると、一転して分解を加速させる。脂肪滴のゲートキーパーといえる。
「飢餓と隣り合わせの野生環境では、食糧不足に備えて余分なエネルギーをためておく能力がとても重要だったのでしょう。そのためのメカニズムです」
つまり、脂肪滴に脂肪があること自体は健全な姿。でも現代人が飢えに直面することはまずない。たいてい分解を上回るほど食べて「蓄積」と「分解」のバランスが崩れ、たまりっ放しになる。それが問題なのだ。
脂肪滴表面の「ペリリピン」が「蓄積」と「放出」をコントロールする
お腹がすくと(上図下側)、アドレナリンなどの刺激でペリリピンが「分解モード」に切り替わる。するとトリグリセリドの分解が進み、分解産物(遊離脂肪酸)がエネルギー源として利用される。
貴重な成分だから小出しにして大事に使う
ところで脂肪滴は、脂肪細胞以外の場所、例えば筋肉や心臓の細胞にも備わっているという。脂肪細胞のものよりはるかに小さく、微量の脂肪を蓄えている。「商品の配送システムに例えると、脂肪細胞は配送元の倉庫、筋肉や心臓は小売店。小売店にも多少の在庫がありますね。これが筋肉などの脂肪滴です」
配送元と小売店の在庫、2段構えの備えになっているのは、それだけ脂肪の消費量を細やかに調節するためだという。「遺伝子操作によって心臓に脂肪滴ができないマウスを作ったところ、心臓の老化が早まりました」。脂肪滴という"在庫スペース"を失って、心臓の脂肪消費の抑制が利かなくなり、必要以上のペースで脂肪が燃えて、心臓が早く消耗したと考えられる。
つまり体は、脂肪の価値を最大限に活用するため、全身の細胞に小部屋を用意し、とても大事に使っている。それが健康を守っている面もあるのだ。
過剰な脂肪が体に良くないのは事実。でも、だからって脂肪ばっかり悪者にしないで。
生命科学ジャーナリスト。医療専門誌や健康情報誌の編集部に計17年在籍したのち独立。主に生命科学と医療・健康に関わる分野で取材・執筆活動を続けている。著書『カラダの声をきく健康学』(岩波書店)。
[日経ヘルス2012年9月号の記事を基に再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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