アリやカタツムリが群がる「甘いオシッコ」の正体
コスタリカ昆虫中心生活
カリブ海側のコスタリカの低地熱帯ジャングルは、ムシムシと暑い。気温は30℃を超え、湿度も100%近い。暑い所が苦手なぼくは、あまり向かわない場所だが、数年前、ハーバード大学のキリギリス類の専門家で、写真家でもあるピーター・ナスクレンスキー博士とそんなジャングルを訪れたことがある。夜中にキリギリスの採集にでかけたのだ。
そこで、ぼくたちはビワハゴロモを見つけた。
「ケンジ、知ってるかい? ゴキブリがこいつらの体についた白いワックスをかじりにくるんだよ」
「ふーん。ビワハゴロモの後ろに蛾(が)がおるのは、なんで?」
「それは単なる偶然さ」
ぼくはなんか面白いことが起こっているのではと感じ、じっとその現場を見つめた。
「ピーター、やっぱり蛾は何かやってるで~」
そう。その蛾はビワハゴロモが排せつする甘露オシッコを飲んでいたのである。ストローのような口をのばし、宙を飛ぶオシッコの粒をキャッチしたり、触角でビワハゴロモの翅(はね)をちょんちょんと軽くたたき、オシッコをねだったりしていた。
あとでわかったのだが、このオシッコが好きなのは蛾だけではなった。アリやカタツムリまで集まってきて、ビワハゴロモの"おこぼれ"にあずかるのだった。ビワハゴロモにとっては、背後に誰かがいてくれることによって、より安全ということだろう。
未知なる昆虫たちの世界が限りなく広がる熱帯のジャングルでは、こんな世界初の発見はそれほど珍しくはない。
ピーナツのような頭をした昆虫と「マチャカ」伝説
闇に浮かび上がる、奇妙なピーナツ状の物体。
ワニの頭にも見えなくはないが、まさか擬態……。
実はこれ、ユカタンビワハゴロモという昆虫の頭部。カメムシ目ビワハゴロモ科に属するこの昆虫は、昼間は木の高いところで幹の表皮に生える苔(こけ)や地衣類にまぎれてじっとしている。夜になると低い位置に現れ、木の汁を吸っている。
全体像は下の写真を見てほしい。確かに頭の先にピーナツ状の突起物が付いている。けれど、その役割は謎だ。発光するという噂があるが、それは事実無根の言い伝え(上の写真は後ろからライトで照らしているのです)。もちろんワニに擬態しているわけでもない。
なので、ぼくは勝手な想像をしてみる。ピーナツ状の突起は空洞になっているので、このユカタンビワハゴロモの鳴き声を増幅させる役割をしているのではないか。そして仲間同士のコミュニケーションや求愛に役だっているのかもしれない。
この奇妙な風貌をした昆虫を、コスタリカでは「マチャカ」と呼ぶ。「マチャカにかまれた人は、24時間以内に彼氏または彼女と結ばれなければならない、さもなくば死す!」という、これまた奇妙な伝説がある。けれど、あごがないマチャカは、そもそもかむことができない。これぞ、まさかのマチャカ伝説なのである。
昆虫学者。1972年、大阪府生まれ。小さいころから、生き物を相手にわが道を行く。中学卒業後、単身、米国の高校に入学。大学では小さい頃の生物に対する思いが高まり、生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカ大学の調査員として、米国政府のハワイ州の外来侵入植物対策プロジェクトに参画する。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html
[Webナショジオ 2011年8月17日、同8月30日付の記事を基に再構成]
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