味も雰囲気も抜群、京都で見つけたドイツ菓子
世界のおやつ探検隊
今回は番外編として東京を飛び出し、京都の鴨川沿いにあるゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川にお邪魔した。ドイツの公的文化機関である同館には、図書室やホールのほか、住居兼アトリエがあり、ドイツから招へいしたアーティストが日本に滞在しながら創作活動を行う機会を提供している。
その1階にゆったりとスペースを構えるのが「カフェ ミュラー」。店名は、ドイツを代表する振付師で舞踏家の故ピナ・バウシュの代表作に由来している。
ドイツ文化を紹介する拠点とあらば、出てくるケーキもドイツの香りがむんむんするに違いない。期待に胸を膨らませながらお目当てのカフェを訪れると、店長の三寺真史(みてら まさふみ)さんが出迎えてくれた。語学留学でドイツ中部の都市ゲッティンゲンに約1年滞在した経験を持つ人物だ。
その日、お店にあったドイツならではのケーキは3種類。
まず目に入ったのは、ココアを使った黒いスポンジと大きなサクランボがあしらわれた「シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ」(シュヴァルツが黒、ヴェルダーが森、キルシュがサクランボ、トルテがデコレーションケーキの意味)。サクランボから作ったお酒(これもキルシュと呼ばれる)を使ったチョコレートケーキだ。
黒い森(シュヴァルツヴァルト)とはドイツ南西部に広がるうっそうとした常緑樹の森のことで、人気の観光地。サクランボの名産地であると共にキルシュの生産でも知られることから、これらを使ったケーキが黒い森の名前を冠して誕生したらしい。ただ、発祥の地はシュヴァルツヴァルトとは限らず、諸説あるようだ。
どこで生まれたケーキにしても「今では全国的にポピュラーなお菓子ですよ」と三寺さん。菓子店には、ほぼどこでも店頭に並んでいるという。
現地のレシピを色々研究したという「カフェ ミュラー」のシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテは、生クリームとスポンジにキルシュが使われている。どっしりとした外観とは裏腹に軽い味わいで、ケーキの上やクリームの層に入ったサクランボのシロップ漬けがアクセント。ケーキの一番下の層はサクサクとしたタルト生地になっていて、さっくりいただけてしまった。
次に登場したのは、菓子店ではなくパン屋でよく見かけるお菓子だという「ビーネンシュティッヒ」(ビーネンがミツバチ、シュティッヒがちくっと刺すという意味)。キャラメリゼ(砂糖などを煮詰めてキツネ色にして香ばしさを出すこと)したアーモンドが載った甘い菓子パンのようなお菓子で、生地と生地との間にバタークリームを挟んでいる。
ネーミングの由来はやはり諸説あるようだが、「オーブンに入れて焼いているとき、キャラメリゼしたアーモンドがフツフツと泡立って、蜂が刺しているように見えるからと聞きました」と三寺さん。そして、「ドイツのお菓子は、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテのように何層にもなっているものが"高級"で、お菓子屋さんで見るものなんです。ビーネンシュティッヒは、鉄板に生地を流し入れるだけで作れる簡単なお菓子なので、家庭でもよく作りますね」と続けた。
ちなみに、三寺さんがドイツに滞在していた際、友人の祖母の家を訪れたときには、庭で採れたサクランボをたっぷり使ったケーキを焼いてくれたのだという。「ドイツの家の庭には、リンゴやベリー類など様々な果物の木があるので、それを使ってお菓子作りをするんですよ」と言う。
最後に登場したのは、果物を使ったドイツ菓子の代表格と言っていい「アプフェルシュトゥルーデル」(アプフェルはリンゴ、シュトゥルーデルは渦巻きの意味)、ドイツ版アップルパイだ。
アプフェルシュトゥルーデルは、小麦粉と卵をこねて50センチ四方ほどに薄く伸ばした生地でリンゴ、干しブドウ、シナモンなどを合わせた具材を包む。「ドイツでは、具材として更にサワークリームを入れたりするんです」と三寺さん。具材は、巻きずしの要領で包んでいくのだが、薄い生地が破れないように生地の下にあらかじめ布を敷き、これを巻きすだれ代わりにして包んでいくのだそう。
「もともとトルコで生まれたお菓子を起源としているらしいですね。それが、ウィーンに伝わり、ドイツに入ってきたようです。ウィーンではこのお菓子は鉄板にそのまま載せて焼くのですが、ドイツでは大きな耐熱皿に入れて牛乳を流し入れ、それをかけながら焼いたりもするんです」
温かくても冷たい状態でもOKというお菓子で、温かい状態で食べるときはやはり温かいバニラソースを添えるのが定番。冷たいアプフェルシュトゥルーデルは、アイスクリームと一緒に食べたりするという。
また、「実際には見たことがないんですが、昔は甘い主菜としてこれを食べていたそうですよ」と三寺さんは教えてくれた。ちなみにやはり「シュトゥルーデル」と呼ばれる薄い生地で具材を巻いた食べ物の中には、クワルクというフレッシュチーズの一種を巻いたものや、キャベツを巻いたものなどもあるという。
「カフェ ミュラー」を訪れる前は、もっと単純に甘いのではないかという印象があったドイツ菓子。実は甘い中にも酸味があるのがドイツ菓子の一つの特徴ではないかと三寺さんは言う。
そういえば、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテもアプフェルシュトゥルーデルも酸味がアクセントになっている。
「現地にいたときによく食べたのは、ラズベリータルトですね。タルト台の上にアーモンドプードル(アーモンドの粉)を使った生地を載せ、更にカスタードクリーム、酸味のあるラズベリーをいっぱい載せたお菓子でした。人気でしたよ」
夏でも肌寒いドイツでは、天気がいい日にはドイツの人がこぞってカフェのテラス席に座っているという。おじいさんがおばあさんと連れ立って来たり、人々が気の知れた仲間とわいわいしていたり。「カフェ ミュラー」には庭園に面した広いテラス席がある。日光が注ぎ込むその席に目をやると、そんなドイツの風景がふとダブって見えました。
カフェ ミュラー
京都市左京区吉田河原町19-3 ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川 1F
電話:075-752-4131
ホームページ:http://www.goethe.de/ins/jp/kam/jaindex.htm(ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川)
[Webナショジオ2013年7月19日掲載]
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