製作費1億円の番組も スマホ市場攻めるエイベックス
エイベックスが、NTTドコモの携帯電話向けに運営している映像配信サービスが、独自のコンテンツ拡充で人気を博し、着々と有料契約者数を増やしている。その配信チャンネルは2つ。2009年5月に開局し、オリジナルのドラマやお笑い、音楽など50番組以上を常時見放題で配信している「BeeTV」。そして、2011年11月から、国内外の映画やドラマ、アニメなど1万1000本以上の既存作品をアーカイブし、見放題の「dビデオ」だ。いずれもNTTドコモの携帯電話機やスマートフォン(スマホ)、PC(パソコン)、タブレットなどで視聴できる。
両サービスは右肩上がりで有料会員数を伸ばし、昨年(2012年)末で合計500万を突破(図1を参照)。いずれも月額315円で、単に契約者数と掛け合わせても、315円×500万で、毎月15億円以上の売り上げがあることになる。
もちろん、これだけの数字を稼げる背景には、日本最大級の契約者数を誇るNTTドコモの端末向けであることが大きい。しかし、スマホ戦争が過熱する各電話会社にとって、顧客を囲い込む独自コンテンツは貴重だ。
一方、頭打ちのCDビジネスに悩む音楽業界において、売り上げが伸び続けている事業分野は、屋台骨を支える上でも、貴重な収入源。この両社の思惑が一致し、動画配信ビジネスではますます大きなお金が動き、一流スターやクリエイターが登場する作品が増えているというカラクリだ。
制作者や監督、メーンキャストに利益を還元
「業績は非常に好調です。両サービスは投資回収が済んで、利益を生み出しています。エイベックスの営業利益の中でも、映像事業の収益は大幅に拡大しています。今後の目標は、会員数1000万人です」。そう意気込むのは、「dビデオ」「BeeTV」を提供している、ドコモとエイベックスの共同出資会社、エイベックス通信放送(以下、ABC)の村本理恵子取締役。
5月20日からは、『EUREKA』や『サッド ヴァケイション』などの映画監督で、ファンのみならず、俳優、クリエイターの支持も高い、青山真治監督作、ドラマ『最上のプロポーズ』の配信も両サービスで始まった(詳細は最後の別掲記事)。
村本氏によると、現在、同社の映像をスマホで見ている層の過半数が女性で、サービス開始当初から、スマホの映像市場は女性が牽引すると予想していたという。そこで、これまでもドラマ『40女と90日間で結婚する方法』(主演・市原隼人)や、『Sweet Room』(成宮寛貴・向井理・要潤・豊原功輔)など、女性向けの恋愛ドラマの拡充に努めてきた。
こうしたドラマには、地上波テレビのゴールデンタイムの番組に負けないクオリティーが不可欠と考えており、今回の『最上のプロポーズ』では、1億円の製作予算をかけたという。
また、「グッドシェアシステム」と呼ぶ、ロイヤリティーの配分方式も用意。「BeeTV」で製作・配信したオリジナル作品の製作者、監督、メーンキャストなどには、ギャラとは別に、ABCの売り上げの11%を上限として配分する。
次世代の基盤を構築
「映像の世界では目新しい仕組みかもしれませんが、音楽の世界では印税分配が常識なので、当たり前です。成功した喜びはみんなで分かち合いたいですし、そうでないと、もっと良いものを作ろうというモチベーションが上がらないと思うんです」と村上氏は語る。
さらに、「以前は6000億円あった音楽市場が、今は半分になっています。パッケージ市場が縮小していくのが見える中で、エイベックスとしては"総合エンタテインメント企業"として、ユーザーとの新たな接点を持つ、次の時代のプラットフォームの構築が急務でした。もともとエイベックスは、音楽のみならず、映像事業本部が映画『頭文字D』や『レッドクリフ』を製作した経験もありますし、今後も、ドラマ、お笑い、バラエティなど、魅力的なオリジナル映像を作って、勝負していきます」(村本氏)という。
この5年間の配信事業で、独自のノウハウがかなりたまってきたという同社。「たまたま当たっているのではなく、かなり戦略的に物事を進めている」(同氏)。この夏以降も新企画が続くという。
劇場映画と同じ品質で撮影…『最上のプロポーズ』製作舞台裏
「マリエッタ」というフラワーショップから花を贈ると、必ず幸せになれるらしい…。"プロポーズ"をキーワードに、4組の男女の恋模様を描いた、全12話からなる4つのオムニバスラブストーリー『最上のプロポーズ』を手がけたのが、『EUREKA』『東京公園』などで数々の映画賞を受賞し、世界的に評価の高い青山真治監督。過去にテレビドラマの監督を務めたことはあるが、モバイル動画配信サービスでのメガホンは初となる。なぜ引き受けたのかを聞いた。
「動画配信サービスは、映画やテレビドラマとは別物のように思うかもしれませんが、撮り方は映画館で上映する映画と変えていません。だから私にとっては、今回の仕事も他と変わらないんです。小さい画面ゆえ、あまりにも引きすぎた画は撮らない、といった特徴はありますけどね」(青山氏)。
「スタッフも、僕が劇場映画を撮るときのメンバーです。私の映画はシリアスな作品が多いので、ラブコメというジャンルはほぼ初めてでした。動きが少なく、男女の切り替えショットだけでどこまで間が持つのかとか、いろいろ挑戦できて面白かったですよ」(青山氏)
撮影は、準備に1カ月、撮影期間は20日と、映画に比べて日数は圧倒的に少なかったそうだ。
「時間がない状況で、経験を頼りに進めなければならない場面も多くて、今までの映画撮影で最も難関だったかな(笑)。ただ、キャスティングが抜群に良かったのに救われました。作品の良さの80%はキャスティングで決まるんです。テストを重ねることなく本番を始められ、修正もあまり必要なくて…。4つの異なる物語が、それぞれ特徴があって、いいバランスになったと思います。私は映画祭向けのアート系映画監督だというイメージが一人歩きしていますが、頼まれて断ったことは1度もない(笑)。注文通りに仕事をする監督として、今作で今までのイメージを払拭したいですね」
(ライター 安保有希子、日経エンタテインメント! 白倉資大)
[日経エンタテインメント! 2013年7月号の記事を基に再構成]
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