温泉マークの湯気、昔は直線 郵便局は封筒だった

発電所記号、戦時中は送電線の向きが逆に

変わったのは温泉マークだけではない。ほかの地図記号でも、形が変わったものや記号そのものが消滅した例がある。

まずは「発電所・変電所」。歯車と送電線で構成する記号は、1942年(昭和17年)から1955年(昭和30年)まで微妙に違っていた。送電線の向きがそれまで「左は下、右は上」だったのが、「左が上、右が下」に変わったのだ。

日本地図センターによると、1942年制定の地形図では地下鉄や造船所、軍の施設の記号は削除された。工場や発電所、給水塔などは「所要に応じ削除すべき」とされ、一部が載らなかった。こうした事情から記号の形が見直された可能性がある。

郵便マーク、11日間で「T」から「〒」に変更

郵便局の記号も時代によって大きく変わった。現在に近い「〒」が地図記号に採用されたのは1909年(明治42年)から。それまでは封筒を模した記号だった。今でも町中の地図看板や民間の地図では郵便局を封筒マークで表記することがある。メールのアイコンも封筒マークが多いので、このままでも違和感はなかったかもしれない。

ちなみにこの「〒」、当時郵便事業を所管していた逓信省のマークがそのまま地図記号として採用されたわけだが、本家本元の逓信省では当初、「T」と決めていたという。官報で発表までしたらしい。本当なのか。国会図書館で調べてみた。

「自今(T)字形ヲ以テ本省全般ノ徽章トス」

1887年(明治20年)2月8日の官報に載った逓信省の告示だ。徽章は「きしょう」と読む。時の逓信大臣、榎本武揚の名前で発表している。Tは逓信省に引っかけ丁(てい)を模したとも、英字表記の頭文字を取ったともいわれている。

しかし2月19日の官報を見ると、「(T)ハ(〒)ノ誤」と小さな字で書いてある。なんと、わずか11日で変更したのだ。

何があったのか。逓信総合博物館に尋ねてみると、「当時『T』は世界的に料金不足の郵便物に付ける記号だったため変更したという説と、もともと『T』も『〒』も候補で最終的に『〒』に決まったが、告示の時に間違えてしまった、という説があります」(郵政資料部)。同博物館によると、「〒」は逓信省の「テ」からきているという。

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