温泉マークの湯気、昔は直線 郵便局は封筒だった

温泉マークの湯気の向き、「左→直線→右」と変化

この温泉マーク、よく見ると湯気の先が右側に揺れている。温泉記号といえばやはりこの「右揺れ」が一般的だ。

しかし、100年以上前は違っていた。日本地図センター(東京・目黒)によると、明治時代に一時、湯気の先が左側を向いていたという。どういうことか。同センターの資料を基に、経緯を探った。

国の作った地形図に温泉マークが登場したのは1884年(明治17年)。当時は直線に近い形だった。はっきりと揺れが確認できるのは1895年(明治28年)から。湯気は左側を向いている。これが1909年(明治42年)には直線に変わる。その後改訂を繰り返しながらも、直線のまま年月が過ぎていく。

劇的に変わったのは2002年(平成14年)。見慣れた「右揺れ」になった。それまでも温泉地の看板やのれんなど一般的な表記としては「右揺れ」が定着していたが、国の正式な地図が「揺らいだ」のはこのときからだった。

作図法の変化が湯気の向きを変えた

なぜ、湯気の向きが「左→直線→右」と変わったのか。そこには地図製作の環境変化があった。

官製地図は長らく、伸縮の少ないポリエステルのフィルムを針でひっかく「スクライブ法」で作っていた。国土地理院の作図担当者によると、「このやり方だと複雑な記号は書きにくい」。湯気が直線になったのはこの手法が影響した、といわれている。

1990年代半ばから普及し始めたのがコンピューターを使うデジタル編集法。これだと曲線の表現が簡単になるという。この編集法が導入されてから初の改訂となった2002年、満を持して温泉マークが「揺らいだ」のだ。

ではそもそも、明治時代の温泉マークが左向きだったのはなぜか。その手掛かりは「日本最古の温泉記号」にあった。

日本最古の温泉記号は湯気が左にたなびいていた(群馬県安中市の磯部公園)

群馬県安中市の磯部温泉。舌切り雀伝説が伝わる歴史ある温泉地に、「日本最古の温泉記号」という石碑が建っている。それによると、江戸幕府が1661年(万治4年)に作製した「裁許絵図」で、磯部温泉の場所に2カ所、温泉記号が描かれていたという。この温泉マーク、今とはずいぶん違う形をしているが、湯気は左側に大きくたなびいていた。この形が時を経て「左向き」のマークへと継承されていったのかもしれない。

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