お地蔵様は、なぜ6人1組のことが多いのか日経おとなのOFF

町の辻やお寺の参道、お墓や橋のたもとなど、私たちの暮らしの風景に、ごく自然に入り込んでいるのが「お地蔵さん」こと地蔵菩薩だ。地蔵菩薩の素顔と、地蔵信仰の歴史を振り返ってみよう。

「お地蔵さん」こと地蔵菩薩(ぼさつ)は、瓔珞(ようらく)を首に下げ美しい衣をまとった菩薩(ぼさつ)のなかで、唯一の僧形である。頭を丸め、手には宝珠と錫杖(しゃくじょう)を持ち、呼ばれればいつでも次の場所に行こうとするかのごとく、片足を踏み出す姿の像もある。また、子どもの姿で表されることも多い。

サンスクリット語で「クシティ(大地)・ガルバ(胎、蔵、子宮)」という名を持つこの菩薩は、釈迦の入滅後、弥勒菩薩が如来としてこの世に現れるまでの間、衆生を救済する存在だとされている。ここまでは観音菩薩と同じようだが、地蔵菩薩はさらに“この世にいる人以外の存在をも救う”とされている。これはどういう意味か。

「10世紀に入り、日本では浄土信仰とともに六道輪廻(りんね)という考え方が広がります。六道とは、人々が前世の行いによって生まれ変わる世界のことで、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道のこと。このうち前者3つを三悪道と呼び、生前に悪い行いをした者が落ちる地獄だとされています。地蔵菩薩は、そうした世界に住む人々をも救済するとされたんですね。だから、六道それぞれを駆け回り、すべての存在を救うという意味で、6体セットで置かれることが多いんです」と、宗教評論家の大角修さんは言う。

“地獄の救い主”という発想の起源はインドで、仏教誕生以前にまでさかのぼる。この考え方が鮮明になるのは7世紀の中国。唐の時代に最初の「地獄観」が考えられ、これが道教の十王思想に結び付く。十王思想とは死後7日ごとに閻魔(えんま)様をはじめとする裁判官による裁きがあり、以後四十九日まで7回にわたり行われる、というもの。さらに百ケ日と一周忌と三回忌が加わって、計10回に及ぶ裁判の裁判官を「十王」と呼ぶ。