マンガのような主人公が活躍、「キャラノベ」が人気のワケ
日経エンタテインメント!
「キャラノベ」人気が高まっている。「キャラノベ」とは、エンターテインメント小説のなかでも、読みやすい文体や言葉遣いで書かれ、舞台や人物がマンガ的に誇張されている作品のこと。ファンタジックな要素などが加味されているものの、現実社会に基づいた世界観を持つため、大人でも親しみやすい。従来の一般文芸とライトノベルの中間にある、新たなジャンルと位置づけることができそうだ。
最近のベストセラーの例としては、東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』や三上延(えん)『ビブリア古書堂の事件手帖』、三浦しをん『舟を編む』、大沼紀子『真夜中のパン屋さん』などがある。なかでも有川浩『三匹のおっさん』は50歳以上にもよく読まれている、まさに"大人向け"キャラノベだ。
キャラノベは小説の王道
これら「キャラノベ」が売れる背景を、本とコミックの情報誌「ダ・ヴィンチ」の編集長・関口靖彦氏は次のように分析する。
「大きな流れとして、娯楽小説のゆり戻しがあると思います。映画を例に取ると分かりやすいかと思いますが、王道といえる1950~1960年代のハリウッド映画に対して、1970年代にはカウンターカルチャーが登場しました。ところが実験的な手法も1990年代までにほぼやりつくしてしまったため、現在はまた王道に戻ってきています。エンターテインメント小説でも似たようなことが起きていて、王道といえる作風が再びウケるようになっています。ベタな設定でキャラクターの立った、共感しやすい小説に人気が集まっているのはそのためです」
その風潮を後押ししているのが、SNS(交流サイト)の普及。今日では、ツイッターやフェイスブックが書店員同士の情報共有に活用されるなど、ネット情報の影響力が非常に大きい。ツイッターなど文字数に制限があると、「こういう主人公がこういう場で活躍する」と端的にオススメポイントを示せる作品のほうが取り上げやすい。キャラノベなどポイントを絞りやすい作品が注目を集める遠因となっている。
人気が高いのは職業+恋愛
キャラノベの開拓者とも称されるのが、2012年6月に原作アニメ映画が公開された『図書館戦争』で大ブレイクした有川浩。有川流のキャラノベには、分かりやすい特徴があると関口氏は指摘する。
「顕著なのが、職業と恋愛という2つの要素です。自衛隊や図書特殊部隊など特徴的な職場を舞台にすることで、世界観を際立たせやすく、サブキャラクターも生み出しやすくなっている。日常的にはあまりなじみがない職業や職場を描くことで読者の知的好奇心も満たされますし、ベタな恋愛は共感を生みやすいので読者は安心感を持って読み進むことができます。世の中全般として恋愛に対するモチベーションが下がっていることを逆に反映しているのか、彼女の小説では"ベタ甘"と呼ばれるほどの恋愛が描かれます」
一方で角川書店『ノベルアクト』編集長の柏井伸一郎氏は、有川のポジションに違った見方を示す。「有川作品のような、リアルな世界にファンタジーを加えた作風は、もともとライトノベルのジャンルでカバーできていました。それがライトノベルが男性向けの萌え系中心に特化してきたことで、女性が読むような作品が一般文芸に近いエリアに押し出される形になったのではないでしょうか」
ライトノベル市場の変化によって、一般読者の目がキャラノベに向きやすい状況が生まれたということだ。実際に、大型書店などにはライトノベルと一般文芸を融合させたようなコーナーを新設・増設しているところも増えている。
■キーワードは「少女マンガ的」
登場人物をイラスト化したカバーが一般化したことも、キャラノベの間口を広げることにつながった。かつては若年層向け作品に限定されていたイラスト表紙が、ここ数年で大人も読む時代小説や一般文芸でも多用されるようになった。一般読者のイラスト表紙への抵抗感が薄れただけでなく、主要人物が表紙にビジュアル化されることで作品の世界観や人物イメージをひと目で把握できると喜ぶ読者も少なくない。装丁からは中身が分からないという小説本のデメリットを、イラスト表紙で解消できるようになったともいえる。
「単にイラストを表紙に使うのではなく、内容とイラストを1つのパッケージとして小説を売る手法が広まったのです」(関口氏)
もともと大のマンガ好きで知られる三浦しをんは、デビュー当時から作風がマンガ的だとも評されてきた。『舟を編む』は表紙こそシンプルだが、帯には登場人物のキャラクターが飾られている。
「30代以上の、マンガやテレビドラマの黄金期に育った世代が書く小説は、分かりやすいエンターテインメントの志向が強いと思います」という関口氏の見解は、現在活躍しているキャラノベ作家にぴったりと当てはまる。マンガやテレビのビジュアル的な発想が反映された小説だからこそ、イラスト表紙との相互作用も生まれてくる。柏井氏も、「キャラクターノベルを書ける作家は、マンガをきちんと楽しめる人だと思います」と、作家の傾向を読み解いている。 キャラノベ人気を支えているのは、コアな女性読者。そこにがっちり愛されるには、男性作家であってもマンガに慣れ親しみ、どこか女性的な感覚を備えていることが重要になってくる。その観点から注目なのが、左上の朝井リョウ、青柳碧人(あいと)、相沢沙呼(さこ)。女性的な感受性を備えた男性が生み出す物語は、このジャンルをさらに面白くしてくれるだろう。
神永学インタビュー 「サブキャラまで輝く方法とは」
生まれつきの赤い左目で死者の魂が見える大学生・斉藤八雲が、友人の小沢晴香と様々な心霊現象に立ち向かう人気シリーズ「心霊探偵八雲」。著者のオフィシャルFacebookページで「キャラクター診断」も公開されるほど、多彩なキャラクターが人気だ。著者にサブキャラにまで魅力が宿る創作の裏側を聞いた。
シリーズ累計350万部「心霊探偵八雲」シリーズ
神永 僕は10代のころに大沢在昌さんの佐久間公や東野圭吾さんの加賀恭一郎、夢枕獏さんの陰陽師などキャラクターが活躍する本に出会ってから、様々なシリーズ作品を読んできました。会話を楽しんでいるうちにキャラクターが自分の友達のように思えてきて、新作が出るたびに「またあいつに会いに行かなきゃ」という気持ちでワクワクしながら本を開いていました。
そういった読書体験のせいか、キャラクター作りというのは、実は僕が小説を書くうえでとても重要視しているところです。僕はキャラクターを考えるところに、すごく時間を使います。そのキャラクターが自由に動くようになるまで、担当編集さんと何度も打ち合わせをして作り上げていきそのあとに、実際に書いて物語の中で動かしてみます。文字にしてみないと感覚がつかめないこともありますから。書いてみたうえで、「このキャラクターでは走らないかも」と思うと躊躇(ちゅうちょ)なく切り捨てて、キャラクター作りを最初からやり直します。
主役だけでなく、作品の登場人物全員が、それぞれに生きている納得感が出ないとダメなんです。それぞれが異なる考えや価値観を持っていて、お互いに影響し合いながら変化していくことが大事だと思います。ですから、『心霊探偵八雲』の中でも、主人公の八雲とヒロインの晴香は、同じにならないよう意識しました。登場人物全員が同じ方を向いていたら、ドラマが生まれないですから。
人事担当の経験が生きる
こういう考え方には、会社員時代に、人事担当をやっていた経験が生かされていると思います。多いときは1日に100人くらいの採用面接をしていたので、様々な人に出会う機会がありました。その中で、ちょっと気になる人がいると個人的な興味でいろいろ話を聞いたりしていました。
採用以外でも、社内でトラブルが起きると、人事として関係者全員から話を聞くことになります。人によって物事の捉え方が違うので、別の話になって聞こえてくることもあるんです。正しいとか、間違っているということではなく、いろいろな価値観や考え方を受け入れていくことが大事なのだと学びました。そうした経験は、小説作りに生きています。実際、僕の作品に登場するキャラクターは、実在の人物をモデルにしていることが多いです。ときどき、モデルになった人にバレて「勝手に使うな」と怒られたりもします。
あとは、価値観が違うキャラクターを配置することで、「キャラクターが立体化される」ことがあります。晴香から見た八雲と(刑事の)後藤から見た八雲は違います。一人の目から見た一面だけではなく、違う人の視点から別の面を見せることで、キャラクターが浮き立ってくるんです。なので、話が進むなかでキャラクターがどんどん形作られていくこともあります。
(八雲に助けられたことで仲間となった新聞記者)土方真琴は、幽霊にとりつかれるだけの脇役として考えていたのですが、事前にキャラクターをしっかりと作り込んでおいたことで、僕の想像以上の活躍をしてくれました。結果として、レギュラーメンバーに残りました。こうしたイレギュラーの要素も、作品を書くうえで重要かなと僕は思っています。
キャラクター配置に時間をかけるというやり方は、小説を書き始めた当初から変わっていません。こういう方法をとるようになったのは、学生時代に勉強していた映画制作の手順を模倣しているからかもしれません。キャラクター作りはキャスティングのようなものですね。物語も重要ですが、キャスティングがダメだと退屈な映画になってしまいます。小説でも同じことが言えると思います。
(ライター 土田みき)
[日経エンタテインメント!2012年8月号の記事を基に再構成]
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