2013/2/15

東京ふしぎ探検隊

工事中断、1年かけて計画練り直す

崖の向こうが川崎市、手前が横浜市。現在でもこれだけの高低差が残っている

実際に現地を歩いてみると、事情がよくわかる。市境付近では、横浜市側から川崎市側にかけて急な上り坂が続く。ここを平らにならせば、市境に巨大な壁が立ちはだかってしまう。いまでこそ川崎市側でも開発が進んで家が建ち並んでいるが、当時はまだ何もなかった。

そこで同社は工事を一時中断し、1年かけて計画を練り直した。「地区の8割近くが東急が買収した土地だったことから、思い切って高級住宅地を目指してみよう、と方向転換しました」

たまプラーザ駅周辺の土地区画整理計画図。修正前(上)は直線中心の計画となっているが、修正後(下)はカーブを多用しているのがわかる(「多摩田園都市 開発35年の記録」より抜粋)

こうして採用したのが高低差を利用した計画だった。カーブを活用して高い場所と低い場所を結び、住宅地では歩道と車道を分離した。歩車分離の街路は米国の地名にちなみ、ラドバーン方式と呼ばれている。

住宅地にはクルドサック方式という渦巻き状の道路を造り、住民以外の車を入りにくくした。住民の車は渦の中心にあるロータリーでUターンする仕組みだ。歩行者専用道路という概念は当時の法令にはなく、横浜市は取り扱いに苦慮したという。

さらには広い街路を確保するため、東急所有の土地を公共用地として供出。住宅用の区画も大きめに設計した。「今では考えられないほどぜいたくな街づくりでした」と西山さんは笑う。

たまプラ周辺はもともと軍用地 東急の買収進み、8割が社有地に

ちなみにたまプラ周辺に東急の土地が多かったのには理由がある。同社が1988年(昭和63年)に編さんした「多摩田園都市 開発35年の記録」によると、この辺りはもとは軍用地だったという。戦後の農地改革で農家に払い下げられたが、「(土地買収は)旧軍用地という事情も幸いして順調に進み…」と「開発の記録」は記す。

「クルドサック方式」の道路計画図。車は通り抜けられない(「多摩田園都市 開発35年の記録」より抜粋)
「クルドサック方式」の中心にあるロータリーでは、Uターンが可能。歩行者専用道路も確保されている
次のページ
「多摩川ユートピア」「ドリームタウン」… 新都市名