新東名、残りの区間は… 中央道が名前を変えた理由

片側1車線の高速なのに「追い越し可能」 衝突事故相次ぐ

中央道の談合坂SA付近は渋滞の名所。この近くに知られざる「廃道」がある

さらに驚いたことに、片側1車線にもかかわらず、当初から追い越しを想定していた。

「中央高速道路工事誌」では、安全に追い越しできるにはどのくらいの距離が必要か、数学を使って細かく検証したことが記されている。しかし予想に反して正面衝突事故が相次ぎ、社会問題となった。そこでセンターポールを設置して追い越しを禁止にし、名前を中央自動車道と改め注意を喚起した、ということのようだ。この区間の4車線化が完了したのは1982年(昭和57年)のことだった。

ちなみに中央高速道路が中央自動車道に改称して以降、すべての高速路線は「自動車道」を名乗っていた。この原則が崩れたのが2008年。新名神が「高速道路」を名乗ったのだ。今年部分開通した新東名も「高速道路」。名神、東名にならったと考えられる。

一般名称としては当初「高速道路」を使っていた中央道だが、法定路線名は今も昔も「中央自動車道富士吉田線」となっている。法定路線名で「高速道路」を使っている路線はない。

ところで中央道といえば松任谷由実の「中央フリーウェイ」が思い浮かぶ。荒井由実の名前で最後となるアルバム「14番目の月」に収録されている。アルバムが発表された1976年(昭和51年)といえば中央道の高井戸-調布間が開通した年。曲を発表した時点ではまだ開通していなかったが、アルバムを発売したのは開通後だ。当時八王子に住んでいたユーミンはできたての区間を走ったのだろうか。歌に登場した競馬場とサントリーのビール工場は今も見ることができる。

談合坂に「高速道路の廃道」があった

中央道にはもう一つ、知る人ぞ知るトリビアがある。全国でも珍しい「高速道路の廃道」があるのだ。

場所は談合坂サービスエリア(山梨県上野原市)の近く。2001年(平成13年)に渋滞対策として上下4車線から6車線に拡幅する際、カーブがきつい場所に新たに新道を造り、これまで高速道として使っていた部分を一般道に転用した。このうちの一部が「廃道」になっているのだ。現在はNEXCO中日本が資材置き場などに使っているという。全長1.5キロの区間にはかつての標識も残っているらしい。歴史はこんなところにも眠っている。(河尻定)

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