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東京ふしぎ探検隊

新東名、残りの区間は… 中央道が名前を変えた理由

2012/9/14

■中央自動車道はかつて「中央高速道路」だった

お盆のUターンラッシュで渋滞する中央道上り線の上野原インター付近(8月15日午後6時39分、山梨県上野原市)=共同

ところでこの中央道、現在の一般名称は「中央自動車道」だが、開通当初は別の名前を使っていた。その名も「中央高速道路」。東名、名神と同じく、高速道路を名乗っていた。なぜ、変更したのか。

NEXCO中日本に尋ねたところ、「名前が変わったのは知っているが、時期も理由も分からない」とのこと。国土交通省の高速道路担当者に聞くと「変わったことも知らなかった」。そこで東京都立中央図書館(港区)を訪れ、文献をあさってみた。

まずあたったのが「日本道路公団三十年史」(1986年=昭和61年発行)。細かく見たが、「中央高速道路」という名称は1回も出てこなかった。

次に1976年(昭和51年)発行の「二十年史」を見てみると、こちらもほとんどのページで「中央自動車道」と書いてある。しかし時々「中央高速」と書いてあり、そのなかに「中央高速道路(のちに中央自動車道と改称)」とのくだりを見つけた(160ページ)。やはり名前が変わったのは間違いないようだ。

■「中央高速」、仕切りなしの対面通行区間も

「高速道路の謎」などの著書があるモータージャーナリストの清水草一さんによると、「中央道では大月-河口湖間が開通した1969年(昭和44年)から事故が多発し、『高速』という名称は危険走行を助長しかねないと問題になった。そこで自動車道に改称した」という。

「高速」だから危険と単純に言えないのでは、と思ったが、調べてみると当時の中央道は本当に危険だったようだ。なんと、高速道路なのに中央に全く仕切りがない片側1車線の対面通行で、しかも追い越しが可能だったのだ。

中央道建設の経緯をまとめた「中央高速道路工事誌」(日本道路公団編)によると、中央道では建設費削減のため、大月から河口湖までの区間で2車線の先行整備を行ったという。本来は上下2車線ずつ4車線を造る計画だったが、まずは上り線の2車線のみを整備し、これを上りと下り、両方向の車が利用することになったのだ。

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