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東京ふしぎ探検隊

新東名、残りの区間は… 中央道が名前を変えた理由

2012/9/14

■名神は中央道の一部だった?

日本で最初の高速道路はどこか。都市間を走る路線としては、名神高速道路の「栗東-尼崎」間が最初だという。しかもこの名神、法律上の名前は「中央自動車道西宮線」だという。どういうことか。そこには高速道路の歴史が潜んでいた。

日本で高速道路の検討が始まったのは1940年代のこと。「日本道路公団二十年史」によると、1943年(昭和18年)には東京-神戸間を最優先で建設するよう、正式に調査が始まったという。

構想は戦後に引き継がれ、調査が進んだ。しかし東京から名古屋までのルートを巡り、激しい論争が巻き起こる。東海道を通るルートと山岳地帯を抜けるルートが互いに譲らなかったのだ。「二十年史」はこう記す。

「両案とも名古屋以西神戸に至る部分についてはさしたる差異もないこと(中略)など諸条件を勘案して、政府は、とりあえず名古屋-神戸間を第1期工事として取り上げることとなった」

2ルートが譲らなかった結果として、名神が先に建設されたのだ。しかも独立した路線というよりは、中央道の一部として位置づけられた。法律上、中央道になっているのはこうした事情があった。ルートでもめた2案は結局、東海道は東名、山岳地帯は中央道としてどちらも整備することになった。

ちなみに一般的な高速道路の名称と、法律上の路線名は違う。高速道路はそもそも、「高速自動車国道法」という法律によって規定されている。これが法定路線名だ。名神は「高速自動車国道中央自動車道西宮線」で東名は「高速自動車国道第一東海自動車道」、新東名は「高速自動車国道第二東海自動車道横浜名古屋線」が法定路線名だ。

一方の一般名称は道路を管理する旧日本道路公団、NEXCO各社が付けており、標識にはこちらが使われている。

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