バガボンド井上雄彦が魅せられた 式年遷宮棟梁の手伊勢神宮へ墨絵を奉納

日本のものづくりの源を知りたい――。『スラムダンク』『バガボンド』『リアル』作者の井上雄彦氏は、式年遷宮の年に伊勢神宮へ向かった。20年に一度、伊勢神宮の社殿を建て替える式年遷宮。これを3度も経験し、前回の式年遷宮では総棟梁(とうりょう)を務めた宮間熊男氏。宮間氏に会い、木材の選び方から、技術の伝承、神の住まいをつくる姿勢まで、東京大学名誉教授で建築家の藤森照信氏とともに話を聞いた。井上雄彦氏は、今回の式年遷宮にあわせて、伊勢神宮に絵も奉納している。記事中で紹介する和紙に描いた長尺墨絵は圧巻だ。

「神様のお住まい」をつくりつづけた巨匠に聞く

62回目の式年遷宮を迎えた伊勢神宮の内宮。10月2日の夜に新しい正殿にご神体を移す「遷御の儀」も執り行われた。式年遷宮では、20年に一度、御社殿の横の敷地に新宮を建てて、大御神にお遷りいただく。持統天皇の代に始まって以来、約1300年続いている。御社殿だけでなく、御装束、御神宝、714種1576点を新調するため、8年前から準備が始まる(写真:鈴木愛子、以下同)

井上 20年に一度の式年遷宮を3回体験されたというのは、大変なことですね。

宮間 そうですね。ちょうどうまく自分が20歳そこそこで参加できたっちゅうことが、3回奉仕する結果になりました。

藤森 最初は、内宮、外宮、どちらを?

宮間 内宮さんをやって、二度目が外宮。三度目が内宮です。

藤森 外部にいると、とにかくヒノキのいいのが減ってしまって、木が足りなくて大変だと聞きます。戦後の3回のうち、常に木が足りないという問題があったのですか?

宮間 ええ。私が経験したうちでは、59回(昭和28年)のときの遷宮が、木は一番よかったですね。きれいな一等材ばかりだった。59回の遷宮は、戦前に、神宮が国の管轄だったときに先に材料は木曾の山で伐ってきたからいい木が伐れたわけですね。それから昭和20年の敗戦以降、神社は宗教法人になって国から離れましたもんで、木は林野庁から買うわけですから、少しは材料が落ちたやつでも無理して使わないかん、いうふうになりました。仕事をやってるからそれが分かったんですけれどね。

藤森 どんな感じで分かります? 

宮間 節の多い少ないは、木だからみなありますけれど、「アテ」の木が混じってね。

井上雄彦(いのうえたけひこ)1967年鹿児島県生まれ。熊本大学進学ののち、87年上京。88年『楓パープル』で漫画家デビュー。90年に連載開始した『スラムダンク』は、2004年にコミック国内発行部数が1億部を突破。98年『バガボンド』連載開始、99年『リアル』不定期連載開始、現在も続いている
宮間熊男(みやまくまお) 1927年生まれ。高等小学校卒業後、町大工に弟子入り。その後、神宮衛士の伯父から宮大工募集の話を聞き志願、神宮の宮大工になる。53年第59回式年遷宮に従事。73年第60回式年遷宮で御饌殿の棟梁を務める。93年第61回式年遷宮で総棟梁に、上棟祭で音頭の役を務める。98年定年退職後、2年間の後進指導を経て2000年に引退

藤森 曲がりが強いような?

宮間 まともに板にとれないことがありました。板なんかに挽くと反り返ってくるような。今回の遷宮は3割ぐらい、神宮の山の木を使うようになったと思います。

藤森 3割ですか。

宮間 7割ぐらいはまだ、木曾、長野県とか岐阜県から出てます。

藤森 基本的には、木曾からとるんですか。

宮間 木曾の木は一番。ヒノキでも色が、肌が白いし、一番いいといわれてますね。

井上 ヒノキの優れているところというのは、見た目なんですか?

宮間 ヒノキは工作にもしよいしきれいやし、ヒノキを使っていると、ほかのスギとかは使えませんね。

藤森 今、一番年輪の大きいのは、どれぐらいのを使っていますか?

宮間 300年から、一番よう年輪がこんでいるのは400年近くまで。

藤森 江戸の初期に植えたものですね。

宮間 木一本盗んだら首が飛ぶ、ちゅうような条例が出ました。そんな時代の木だから、目もこんでいて、あっちもこっちもやたらに生えてないらしいですね。よほど棟持柱なんかを伐り出してくるのには、いろいろな山を探してもらわないと。