2012/8/4

定年世代 奮闘記

野沢での私は、老若男女の乗客と接するサービス業の最前線にいる。記者時代とは勝手が違うが、さほど違和感はない。私の実家は山陰の小さな町の和菓子屋だ。子どものころから店番や配達の手伝いをしてきた。商売屋に生まれ育った“商人の血”が、野沢温泉で覚醒してきたのかもしれない。

上ノ平高原の雪原を走る雪上車(2011年1月)

報酬ないがリフト乗り放題

ボランティアのガイドなので報酬はないが、スキー場からゴンドラやリフトが自由に乗れるシーズン券の提供を受けている。住まいは借家、アパートという手もあったが、年金暮らしに家賃はばかにならず、屋根の雪下ろしにも大きな不安があった。

野沢温泉村でも、定年後、空き家などを買って移住する都会のシニアが結構多い。雪かきや雪下ろしに悲鳴をあげているものの、彼らは定年後の田舎暮らしに憧れ、着々と準備を進めてきた。私の場合、そうした“定年設計”と縁遠い記者人生を送ってきた。

雪原遊覧に参加した観光客(1月)

身を寄せているのは河野社長の民宿「白樺」。宿のおかみさんでもある妻の寿子さんの計らいで居候させてもらっている。客室のひとつ、003号室が私の居候部屋である。早朝の雪かきとゴミ出し、週1回の風呂掃除を、居候のお勤めとして買って出ている。

野沢温泉スキー場は05年、村営から民営に移行したが、大手資本を導入したわけではない。住民自治組織の野沢組や地元住民が株をもち合いスキー場会社を支えている。そんな村民ぐるみの経営が魅力で野沢の応援団に名を連ねた。もちろん、大好きなスキーが直接の動機だが、野沢ファンを増やしたい、との思いも強い。身も心も“野沢村民”である。

(雪原遊覧ガイド 土田芳樹)

土田芳樹(つちだ・よしき) 1947年山口県生まれ。日本経済新聞社で産業部、社会部記者、編集委員を務める。仙台支局に勤務時、47歳でスキーを始めてその楽しさにはまる。定年直前の2010年1~4月、日本経済新聞夕刊に「野沢温泉村に住んでみる」を連載した。

※「定年世代 奮闘記」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「ようこそ定年」(社会面)と連動し、筆者の感想や意見を盛り込んで定年世代の奮闘ぶりを紹介します。

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