2012/9/29

定年世代 奮闘記

ところで、私が階段落ちしたスナック「旅路」に、その後通いつめることになる。この冬、空にしたウイスキーの角瓶が11本。村のレストラン「炉端」の帰り、湯桶を抱えてここに“途中下車”するのが習慣になった。カラオケの十八番は、山口百恵の「いい日旅立ち」だ。

野沢菜は、温泉の湯の麻(お)釜でお菜洗いした後、漬け込みが始まる(野沢温泉村)

「旅路」のママ、片桐洋子さんは四姉妹の3番目で野沢生まれ。今年、同級生と一緒に伊勢神宮へ還暦旅行をした。東京出身の夫の朗さんとは道祖神祭りが縁で結婚、という話を2年前の連載記事で書いた。そんな縁もあって定年後の野沢暮らしに欠かせないスポットとなっている。

秋祭りが終わると、野沢では冬の準備が始まる。来年の道祖神祭りの社殿の柱となる御神木を5本、野沢組の入会地のブナの森から切り出す。8月末に種をまいた野沢菜の刈り取りは11月から始まる。各家庭に秘伝の漬け方があるが、その前に温泉の湯でお菜洗いするのが野沢の慣わしだ。

仕事を離れて味わう解放感、何とも気楽でうれしい

3年目の雪原ガイドに備え、12月半ばには野沢に入るつもりだが、その前に、四国遍路の続きが待っている。昨年秋に徳島の1番霊山寺から始め、この春には23番薬王寺から室戸岬を回って高知の33番雪蹊寺まで歩いた。今年秋は、高知から足摺岬を経て松山までを予定している。

新聞社時代の同僚や友人を野沢に迎えるとき、夕食後の2次会は「旅路」が多い。そこでの話題は、仕事を離れて初めて味わう旅歩きの解放感だ。旅先での出来事や出会った人の話をメモする習性はそのままだが、もう原稿を書かなくてもいい、という境遇は何とも気楽でうれしい。

退職して本当の巡礼ができるようになった――。先日、自転車の旅が趣味という30年来の友人と東京・新宿西口で飲んでこう話したら、「ちょっと遅いが、ようやく気づきましたか」といわれた。彼も今年いっぱいで会社の籍が抜けるという。2人で意気投合したのは、野沢も遍路も自転車も‥‥楽しんでやるのがいちばん。定年ライフの要諦である。

(雪原遊覧ガイド 土田芳樹)

土田芳樹(つちだ・よしき) 1947年山口県生まれ。日本経済新聞社で産業部、社会部記者、編集委員を務める。仙台支局に勤務時、47歳でスキーを始めてその楽しさにはまる。定年直前の2010年1~4月、日本経済新聞夕刊に「野沢温泉村に住んでみる」を連載した。

※「定年世代 奮闘記」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「ようこそ定年」(社会面)と連動し、筆者の感想や意見を盛り込んで定年世代の奮闘ぶりを紹介します。

読者の皆様のコメントを募集しています。コメントはこちらの投稿フォームから

「雪原遊覧ガイドの野沢日記」は今回で終わり、次回から「定年男子の終活見聞録」が始まります。

注目記事