涙の記者会見、なぜ共感を得られなかったのか
涙活プロデューサー 寺井広樹
今年は何かと涙の記者会見が話題になることが多い年です。理化学研究所の小保方晴子・ユニットリーダーの反論会見、サッカー日本代表・長友佑都選手のグループリーグ敗退後の会見、元光GENJIの俳優・大沢樹生さんの実子騒動会見、女優・遠野なぎこさんの離婚会見…ぱっと考えるだけでこれだけの「涙会見」が思い浮かびます。しかし最も注目を集めたのは紛れもなく、連日報道されている兵庫県議会の野々村竜太郎元議員の号泣会見でしょう。
政務活動費疑惑をめぐる記者の追及に対し、叫んだり、嗚咽をもらしたりしながら、政治信条を訴えた野々村元議員の会見映像はテレビやネットで話題となり、そのインパクトの大きさはセクハラやじ報道が鳴りを潜めてしまうほど。
海外の主要メディアもこの騒動をこぞって取り上げ、オーストラリアのNine Newsは「だらしのない我が国の政治家よりも恥ずかしい存在」などと皮肉と冷笑をもって記事を伝えています。
過去にも自主廃業を発表した証券会社の社長や、二股騒動交際を謝罪した俳優など、物議を醸した「号泣会見」はありましたが、野々村元議員の「涙」はどこが違ったのでしょうか。
私は日ごろ、意識的に涙を流すことによってストレスを解消する「涙活」という活動を提唱・推進しています。
さまざまな「涙」を見てきた立場から、号泣議員の会見を通して、涙との上手な付き合い方について考えたいと思います。
時と場所と相手を選んで泣くのが「大人」
私たちは成長に合わせて、3種類の「泣き」を経験しています。
1、ストレス泣き
2、悔し泣きと悲しみ泣き
3、感動泣き
の3つです。
赤ちゃんはお腹が空いたり、おむつが濡れて気持ちが悪かったりすると「1」の「身体的ストレス」によって泣きます。単純に泣くことで不快なストレスを解消しているのです。また泣くことで親や周囲の大人がストレスを処理してくれることが分かると、泣くことには「ストレスの表現」という意味も加わります。泣くことで理解してもらうという、コミュニケーション手段の一つになるのです。
しかし成長する過程で、泣くことで大人にストレスを解消してもらうのではなく、言葉で要望を伝えることを覚えていきます。そうして、子どもは「1」の「ストレス泣き」を卒業していくのです。
その次に流す涙は、「2」の「悔し涙や悲しみの涙」です。思春期を迎えた中高生が部活の試合などで負けた時、自尊心が傷つけられた時、好きな人にフラれた時、ペットとのお別れの時…。抑えきれない感情が涙となってあふれ出るのです。
甲子園に出場した高校球児は、実によく泣きます。負けても泣き、勝っても泣き、その姿は見る者の心を大きく揺さぶります。
そして、大人になって流す涙が「3」の「感動の涙」です。
人間が感動して泣くときは、脳の「前頭前野」と呼ばれる部分が活性化します。その「前頭前野」の一つの大切な働きが「共感」です。「他者の心を理解し、自分のことのように喜んだり悲しんだりすること」。その共感性が私たちに備わっているから、お互いに理解し合い、支え合い、社会の中で円滑な人間関係を築いていくことができるのです。それができるのが「大人」であって、ストレス解消の観点からも、最も効果的なのがこの「感動の涙」です。
この「感動の涙」の対局にあるのが、「ストレスを人に押し付ける涙」です。
例えば、上司に怒られて、悔しくて泣くという場合。
泣いている人がいれば、周囲はなかなか放っておくことはできません。泣いている人に同情が集まりやすくなり、「泣かせた」上司は悪者に見えてしまいます。これは怒られた人が自分のストレスを人に押し付けてしまっている状態なのです。
たくさん失敗をし、上司に怒られて泣きたい気持ちになりながらも、最後まで頑張って、頑張りきったところで泣くのならいいのです。ストレスが完結したところで泣く涙は、共感を誘います。
あの「切れ方」に思い出すことは…
野々村議員の会見は、「1」の駄々っ子が見せる「ストレス泣き」に近いものがあります。子どものように泣きながら訴える姿に、「こういう切れ方をする同級生、小学校低学年のときにいたなー」と懐かしさを感じた人も多いのではないでしょうか。追いつめられた末に涙でごまかす様子は、大人になってからの悪い泣き方「ストレスを人に押し付ける涙」の典型例でもあります。
「それやっちゃ、ダメだよね」という大人の涙のルールを破っているのが、「47歳の県議」という押しも押されもせぬ"立派な大人"であるというギャップに、笑いが思わずこみ上げてくるのです。
今回の号泣には大人が「共感」を寄せることができる余地がなく、単に自分自身のストレス解消のためのパフォーマンス、と受けとられても仕方がありません。
仮にパフォーマンスであるならば、泣くタイミングを計ることも重要です。
私は涙活の一環として、「泣語(なくご)」というイベントを開催しています。そこでは感動的な話をする噺家がお客さんより先に泣いて涙を誘うのですが、お客さんが物語に入り込む前に噺家がフライングして号泣すると、かえって心が離れて行ってしまいます。涙の会見も、大きな声を出す一方で、必要な説明がなければ同情や共感どころか失笑に終わります。そういう視点で改めて号泣会見を見ると、パフォーマンスとしても残念ながら失敗したと言ってもよいでしょう。
私が主宰する涙活イベントには、中高年の男性の方もよくお越しになります。「会社でも家庭でも思い切り泣くことができないのでここに来た」とおっしゃいます。そして涙を思う存分流して、とてもいい表情でお帰りになります。
涙のストレス解消効果は大きいものです。号泣しまくった元議員も会見終了時には、表情がどこかスッキリとして見えたのは、私だけではないはずです。
涙は流し方によって、周囲との関係性に大きな影響を及ぼします。「癒し」にも「凶器」にも「笑いの対象」にもなりうるのです。自分の置かれた立場、責任から「涙」の力で逃げ切ろうとすれば、かならず反発を買うことでしょう。
同じ「涙」を流すのであれば、自分にも周囲にもいい効果を与える一滴であってほしい。
みなさんには号泣議員を他山の石として、TPOをわきまえ、共感性を重視する大人の"涙の流儀"をぜひ身につけてほしいと思います。
涙活プロデューサー。「離婚式」の発案者としても知られ、現在までに約200組の式に携わる。2013年1月から「涙活」をスタート。現在、泣ける映画、音楽、詩の朗読など毎回テーマを変えて涙活を開催している。CNN、AP通信、アルジャジーラなどの海外メディアからも注目を集め、世界中に感涙を広めるべく、日々活動に奔走している。主な著書に『涙活でストレスを流す方法』(主婦の友社)、『泣く技術』(PHP文庫)がある。
〔nikkei WOMAN Online 2014年7月7日付記事を基に再構成〕
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