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渋谷駅は一日にして成らず 「谷底」変遷から見える過去と未来

2012/7/16

渋谷ヒカリエの開業を機に再開発が本格化する渋谷駅には、成り立ちや動線など、他の駅にない特異な要素が多々ある。こうした点を丹念に研究している昭和女子大学の田村圭介准教授の寄稿を掲載する。今回は渋谷の歴史を振り返る(ケンプラッツ編集部)。

渋谷駅は一日にして成らず。2012年4月26日にオープンしたヒカリエを仰いで、誕生したころの渋谷駅は木造の平屋建ての駅舎であった、と言うと皆たいてい耳を疑う。ローマという文字通りの「歴史」を体現した観光地ならいざ知らず、まさか自分が何気なく日々利用している駅の足元に時間の堆積があるとは、考えられないらしい。ましてや、開業したとき利用者はいなかった、なんて言いようものなら、現在の黒くうごめく通勤者のマスとあまりにもかけ離れているため、思考停止状態に陥る。

昭和女子大学田村研究室が制作した2012年の渋谷駅模型。地下も再現。模型には3Dプリンターを使用した

渋谷駅には確固たる固有の更新履歴がある。たかが127年の歴史しか持たぬ渋谷駅を、500~600年かけて造られたローマと比べるとはおおげさな、と思われるかもしれない。しかし、ローマ帝国の首都となった皇帝アウグストゥスの時代(BC27年)、世界最大の都市ローマの人口は100万人ほどだったのに対して、渋谷駅の現在の一日乗降者数は約280万人である。単純に二つを比較できないかもしれないが、当時のローマ人口の3倍弱の数の人が一日に通過する駅施設を、127年という短い時間の中で造り上げたという事実は見過ごしてはならないであろう。さらにその形態については、突然280万人仕様の渋谷駅ができたわけではなく、時間の堆積の中で刻々と変化させながらその状況と様相を描き出してきた。

渋谷駅になぜ人が多く集まるのか、の問いに対して、渋谷は谷だから、とよく人は言う。すなわち、スリバチ型の地形をしているから、自然と重力によってスクランブル交差点に人が集まるというのだ。

しかし、交差点の後ろには岩山のように渋谷駅がそびえ立っており、駅が谷底にあることが決定的要因であることを見過ごしがちだ。いずれにしろ、渋谷駅の形態はそのスリバチの地形とは切っても切れぬ相互作用から生まれる。その谷と渋谷駅がどのように様態を変えてきたか、谷底の更新履歴を追ってみた。それは、あたかも丸いシャーレの中でその様相を刻々と変化させる実験用の微生物のように見える。以下は、その更新履歴を記述した渋谷駅の形態学と言えよう。

それでは渋谷の谷をのぞいてみることにしよう。

■渋谷川と大山街道の交点南に停車場

何万年もの時をかけて渋谷川と宇田川が削ってできた谷を東西方向に横断しようと、いつの日か渋谷川に橋が架けられ、谷に二つの坂ができた。橋は宮益橋で、二つの坂とは現在の、東が宮益坂で西が道玄坂である。鎌倉時代には既に鎌倉街道としてこの谷越えルートはあったのでその歴史は長い。

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