初音ミク "キャラ萌え"だけじゃない人気の本質とは
日経エンタテインメント!
歌姫を広めた"n次創作"カルチャー
「初音ミク」の注目度が日に日に高まっている。2011年5月に米トヨタのCMに登場。7月にはLAで海外初単独ライブを成功させた。年末には、これまでレディー・ガガ、ジャスティン・ビーバーが起用された「Google Chrome」のグローバルキャンペーンCMに出演。日本代表としてインターネットの力を訴える。
音楽界では彼女が歌う楽曲をネットで公開していたクリエイターが相次いでメジャーデビュー。今年3月末には小室哲哉が、自身の楽曲をボーカロイドでカバーしたアルバムも発売するなど、国内外で引っ張りだこだ。新聞、雑誌、テレビ番組でも取り上げられ、お茶の間でも認識されるようになってきた。こうした「初音ミク現象」は、どうやって広がってきたのか。
震源地は「ニコニコ動画」
"バーチャルアイドル"などと呼ばれることも多い初音ミクは、ヤマハが開発した「VOCALOID(ボーカロイド)」と呼ばれる音声合成ソフトの一種。パソコンで歌を歌わせることができる、いわば音楽を作るためのツールだ。
パッケージには、青緑色のツインテールの髪やひざ上まであるニーハイソックスが目を引く、SFチックな女性キャラクターが描かれている。このキャラをモチーフにしたイラストや動画が多数作られているため、初音ミクの人気はアニメや美少女ゲームのような"キャラ萌え"だと思われがちだが、それは一面にすぎない。
ここまで人気が広がったのは「n次創作」と呼ばれる、ネットで盛んなカルチャーが根底にある。誰かが初音ミクで作った楽曲を公開すると、それにインスパイアされた別のユーザーが曲をアレンジしたり、動画をつけたり…。こうした創作の連鎖が初音ミクの人気を拡大した。その中心となった場所が、動画投稿サイトの「ニコニコ動画」(以下、ニコ動)だ。
初音ミクの登場は2007年。当時ニコ動では、既存のアニメやゲームを素材に新たな作品を作る「MAD」と呼ばれる活動が人気だった。しかし、著作権の問題から投稿が削除されるようになる。そこで、作品を作って遊びたいユーザーに、発売されたばかりの初音ミクが歓迎された。オリジナル曲や海外曲のパロディーなど、遊び心のある幅広い作品が投稿されていった。
ニコニコ動画を運営するドワンゴのユーザー文化推進部副部長・阿部大護氏は「最初のころは、作った楽曲に、ミクをモチーフにした静止画を1枚付けてアップした作品が大半。そのうち"絵師"と呼ばれる人がイラストを描いたり、"動画師"と呼ばれる人が楽曲のPVをつけるなどの二次創作が始まった」と言う。なお、初期の投稿者はネットのヘビーユーザーが中心。年齢は30代後半~40代と高めで男性が中心だったそうだ。
ボーカロイド(以下、ボカロ)を使って楽曲を作るクリエイターは「ボカロP」と呼ばれるが、2009年ごろになると、最初から動画師とコラボして完成度の高いPVを投稿するボカロPが増加。質が上がるとともに動画の再生数が増え、それに伴って二次創作の数も増えるという循環ができたという。
さらに、ボカロの曲をユーザーが歌う「歌ってみた」、振り付けを考えて踊る「踊ってみた」など、二次創作のカテゴリーが多様化し始める。2010年春に開催されたイベント「ニコニコ大会議」では、人気の「歌い手」や「踊り手」がボカロ曲でパフォーマンス、約2000人収容のJCBホール(当時)が大いに盛り上がった。もはやボカロへの興味ではなく、スター性のある歌い手や踊り手から"一次創作"の楽曲を知ることも珍しくなくなったのだ。
発売当初とは、初音ミクを楽しむ層も変化している。「この数年、ニコニコ動画のユーザーが10代後半、高校生、中学生と徐々に低年齢層へ広がったのと同時に、ボカロ人気も低年齢化しています。友達に薦められるなど、中高生はニコ動以外でもボカロに触れる機会が多い。過去には校内放送でボカロ曲を流す是非が議論されたり、ミクの『桜ノ雨』という曲が複数の学校の卒業式で歌われたりすることもありました」(阿部氏)。また、ボカロ曲などで踊る「ニコニコダンスマスター」などのイベントは、女性参加者のほうが多いという。
ニコ動を飛び出した初音ミク
初音ミクブームはニコ動の外にも広がっている。いち早く動きが現れたのが、エクシングが展開するカラオケ「JOYSOUND」。他社に先駆けてボカロ曲の配信をスタート、3月現在で約1700曲のカタログを持つという。
同社の編成企画部音楽出版Gグループ長の小林拓人氏によると、きっかけは2006年に新しい通信カラオケ機「HyperJoy WAVE」を導入したこと。この機種を使って「うたスキ」というSNS機能をスタートさせ、そこでリアルタイムリクエストを受け付けたところ、全く知らない曲が並んでいた。調べてみるとニコ動で人気の初音ミクの曲だったのである。
「2007年末に2曲配信すると、メジャーアーティストの曲と肩を並べるくらい歌われました。2008年末に入れたsupercellの曲は、2009年年間ランキングの上位にランクインしています」(小林氏)。10年と11年の比較では、ボカロ楽曲の伸び率は1.7倍。ジャンルの人気は今も右肩あがりだ。
昨年1年間でニコ動にアップロードされたボカロ曲は、二次創作なども含めて、約3万2000曲にも上る。これだけのジャンルに育ったのは、ソフトを開発したクリプトン・フューチャー・メディアが、キャラクターなどの使用条件をゆるやかに設定したことが大きい。また、カラオケからの著作権料は受け取れるが、「インタラクティブ配信」の権利は作家個人に残す部分信託の音楽出版社をエクシングが立ち上げるなど、ネットのn次創作を意識した環境が整いつつある。
こうした初音ミクを取り巻く現象を的確に表現したのが「Google Chrome」のCMだ。インターネット上に公開した1つの楽曲が、イラストをつける、歌う、踊る…と創作活動の連鎖を生む様を描く。同社のシニアマーケティングマネージャー馬場康次氏は、「このシリーズはWebの力と、それを使って積極的に活動する人を描くのが目的。主役は初音ミクではなく、無数のクリエイターです」と言う。CMを制作した博報堂のインタラクティブクリエイティブ ディレクター本山敬一氏は、「今回のキャンペーンはワールドワイドで展開しているものの一環。こうした手法でクリエイティビティーが広がっていくのは、日本独自のカルチャーであることもアピールしたかった」と話す。
同人活動に通じる創作の連鎖が生んだ初音ミク現象。新しいコンテンツ制作の手法として注目だ。
多ジャンルへと広がっていく初音ミク
【LIVE】 海外での初の単独ライブも大成功
初音ミクが映像で登場し、人気の楽曲を歌う「ライブ」も盛況。3月9日はミクの日ということで2010年から『ミクの日感謝祭 39's Giving Day』が開催されている。海外では2011年7月、米・ロサンゼルスの『Anime Expo 2011』の一環で「MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES」が行われた。
【CD】 メジャーアーティストも初音ミクとコラボ
ボーカロイドの楽曲を収めたCDは多数発売されており、昨年はコンピ盤『EXIT TUENS PRESENTS Vocalonexus feat.初音ミク』がオリコン週間チャートで1位に。「ボカロP」と呼ばれるクリエイターたちのメジャーデビューも相次ぐ。3月末には小室哲哉もボーカロイドのアルバムを発売し、初音ミクとコラボ。
【CM】 米国トヨタに続き、グーグルもCMに起用
これまでレディー・ガガ、ジャスティン・ビーバーが起用された「Google Chrome」のキャンペーンCMに登場。インターネットとWebを積極的に利用する象徴として、初音ミクを題材にした作品と、その"n次創作"を楽しむ人々を描いた。CM内に登場するのは、すべて、本当に初音ミクを使って何らかの表現をしている人々。
【GAME】 ボカロ曲を使った音楽ゲームも登場
"歌姫"である初音ミクは、音楽ゲームの世界にも進出。第1弾は2009年7月にセガより発売されたPSP版『初音ミク -Project DIVA-』。翌年の『2nd』は、約36万本とシリーズ最大のヒット作となった。同年にはアーケードゲーム版も稼働。人気の高いボカロ楽曲が多数収録され、映像とともに楽しめる。
【KARAOKE】 大人の知らないボカロ曲をカラオケで若者が熱唱
カラオケでもボーカロイドの楽曲は大人気。JOYSOUNDでは、2007年の暮れに、まず2曲の配信を始めたが、今では1700曲を超える。今年2月の月間チャートでは、AKB48『ヘビーローテーション』を抑えて初音ミクの楽曲が総合1位。3位にもボーカロイドの楽曲が入った。
(ライター 波多野絵理、日経エンタテインメント! 山本伸夫)
[日経エンタテインメント!2012年5月号の記事を基に再構成]
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