もう一冊は尾崎英子著『小さいおじさん』(文藝春秋 1680円)。ポケットの中にすっぽり入るような小さな友達がいたらいいな、そうしたら学校に連れて行けるのに―そんな空想ばかりしていた小学生の頃のことを思い出しました。

尾崎英子著『小さいおじさん』

中学時代の同級生3人が主人公。それぞれに悩みを抱えながら、なんとか日常を過ごしている様子を丁寧に描いています。

著者は本作でボイルドエッグ新人賞を受賞し、競争入札方式によって落札、刊行されました。なんと出版界初の試みだそうです。物語に大きなうねりはありません。代わりに小さなうねりが続きます。実はこういう小さいうねりの方が身近に感じるものです。

設計士の曜子は恋人なし。淋しいとは感じないが「使っておくべき機能を放置しているようで大丈夫だろうか」とそう思う自分を憂いている。

一児の母となった紀子は、ママ友ができないことを夫に「神経質」で「根が暗い」と言われて凹み、スピリチュアル系の自己啓発本に救いを求めている。

母の采配により快適な実家暮らしをしている朋美だが、実は失業中。人には言えない後悔を胸に秘めている。

三人の人生は、「小さいおじさん」を通じて交錯し、やがて前へと一歩踏み出します。

ところでこの「小さいおじさん」とは一体何者なのでしょう。これが「大きな(得体の知れない)動物」ならバイオレンス小説になるかもしれません。しかし得体は知れないけど「小さいおじさん」なら日常の中に紛れ込んでも、多分大きな変化は起こらない。そして自分だけが知っている存在として、大事に見守るような気がします。

小説の世界は、今の自分がいる世界とは別物です。だけど現実がモデルとなり、現実には起こりえないことや、現実では叶わない風景を見せてくれます。

はたして自分だったらどうする? 小説は人生の予習、復習に最適です。

中江有里
1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。 2002年「納豆ウドン」で第23回BKラジオドラマ脚本懸賞最高賞受賞。 NHK-BS「週刊ブックレビュー」で長年、司会を務めた。 近著に小説「ティンホイッスル」(角川書店)。 現在、NHK「ひるまえほっと」「中江有里のブックレビュー」に出演、 関西テレビ「スーパーニュースアンカー」、フジテレビ系「とくダネ!」にコメンテーターとして出演中。新聞や雑誌に読書エッセイを連載中。

[nikkei WOMAN Online2013年12月1日付記事を基に再構成]

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