1月に行われた大学入試センター試験(東京都文京区の東京大学) 夏休みが終わり、受験生にとっては志望校を絞り込む時期が近づいてきた。受験といえば偏差値が思い浮かぶ。この偏差値、なじみは深いがよく分からない、という人は多いのではないだろうか。例えば偏差値は「0から100まで」ととらえている人も少なくないだろう。実は違う。100を超えることもあれば、マイナスになることもある。今回は偏差値の意味と、大学入試における選択科目間の得点調整の問題について考えてみたい。
■偏差値が必要な理由
なぜ、偏差値があるのか。100点満点の試験問題のケースで説明する。とても難しいテストで70点を取った人と、とても簡単なテストで70点を取った人。どちらが優秀なのか、「70点」という点数だけではわからない。その尺度に使うのが、偏差値なのである。
そのためには、まず、その試験が「難しいテスト」だったのか、「簡単なテスト」だったのかを知る必要がある。これは平均点を出せば、すぐわかる。難しいテストなら平均点は低くなるし、簡単なテストなら平均点は高くなる。
しかし、平均点を出しただけでは、どのくらい優秀なのか、その程度はわからない。例えば、平均点が60点だったテストがあったとしよう。最高得点が70点でそれが1人しかいなかったとする。図1のように、平均点の60点付近に得点が集中してしまった場合、70点の人は「とても優秀」ということになる。
一方、平均点が同じく60点のテストでも、図2のように点数がバラツキ、70点以上を取った人がたくさんいれば、70点でも「まあまあ優秀」という程度だ。
点数のバラツキ度合いによって、同じ平均点でも意味合いが異なってくるのである。「偏差値」とは点数のバラツキを加味した上で、全体の中でその人がどのくらいに位置するかを数学的に示したものといえる。
■まずは点数のバラツキ度合い=標準偏差を計算
偏差値を出すためには、まず点数のバラツキ度合いを計算する。この得点分布のバラツキ度合いを示す値が「標準偏差」である。バラツキ度合いが大きいほど、標準偏差も大きくなる。例えば、テストの場合、標準偏差は次のような式で求められる。
図1のように平均点近くに得点が集中していれば、上の式の(1人ひとりの受験生の得点-平均点)は小さな値になるので、標準偏差も小さくなる。一方、図2のようにバラツキが大きければ、(1人ひとりの受験生の得点-平均点)は大きな値になり、標準偏差も大きくなる。
具体的な数字を当てはめて考えよう。10人がテストを受けたとする。全員が50点だったら、平均点は50点で標準偏差は0になる。5人が0点、5人が100点だったら、平均点は同じく50点だが、標準偏差は50となるのである。
■偏差値は「全体の中の位置を、難易度とバラツキを考慮して示す値」
では、偏差値は具体的にどんな数字なのか。大ざっぱにいえば、「難しいテスト」でも「簡単なテスト」でもどのくらい優秀だったかわかるように、平均点を「50」とし、バラツキ度合いを加味して点数を付け直したものである。具体的な式は下のようになる。冒頭の例のように、(得点-平均点)だけでは優秀度合いはわからない。バラツキ度合いを示す「標準偏差」で割ることによって、バラツキによる違いを調整し、その得点が全体のどの位置にあるのか、わかるようにしたのである。
ここで注意したいのが、この偏差値を計算する際、得点の分布(グラフ)が数学的にきれいな山型(専門用語で「正規分布」)を想定している点である。このため、実際の得点分布がこのきれいな山型から外れていると、極端な「偏差値」になることもある。例えば100を超えることもある。次のようなケースだ。
試験を受けた100人のうち、99人が0点となり、1人だけが100点をとったとする。このとき、平均点は1となり、標準偏差は
となる。このとき100点を取った人の偏差値は
となり、100を超えてしまうのである。
これとは逆に、偏差値がマイナスになることもあり得る。100人のうち、99人が100点、1人が0点だったとき、0点の人の偏差値は-49となる。
日本では「偏差値教育を是正せよ」という言葉があるように、偏差値は悪いイメージで語られることが多い。しかしこれまで見てきたように、偏差値とは参考になるデータではあるが、単に統計データの一つの整理法にすぎないのである。
■選択科目間の得点調整はどのように行うか
ところで、大学入試における選択科目間の得点調整はどのようにして行っているのか、という質問が毎年のように寄せられる。昔は答えなかったものだが、私立大学の4割が定員割れという昨今は丁寧に答える大学が多い。その答えはおおむね次の3つに分類される。
(ア)「原則として得点調整はしない」
(イ)「偏差値で換算する」
(ウ)「100点は100点、0点は0点、平均点は50点になるように比例配分する」
(イ)はこれまで見てきたような事例だ。(ウ)はこんなケースが考えられる。
世界史の平均点が40点、日本史の平均点が60点のとき、どちらも100点は100点、0点は0点にする。世界史の40点は50点に、日本史の60点も50点にする。さらに、世界史の20点は25点に、世界史の32点は40点に、世界史の52点は60点に、世界史の70点は75点に、日本史の30点は25点に、日本史の48点は40点に、日本史の68点は60点に、日本史の80点は75点にするように比例配分するのである。
■得点のバラツキ、社会は小さく数学は大きい
(イ)の方法も問題がないわけではない。一般に、社会系科目(地理や日本史など)のように暗記が中心の科目は得点のバラツキが小さく、標準偏差は小さくなる傾向がある。反対に数学は得点のバラツキが大きく、標準偏差は大きくなる傾向がある。こうした科目間で偏差値による得点調整を行った場合、科目によって有利不利が出てしまうことがある。
ある入学試験の結果を例に考えてみよう。地理と数学について、平均点はどちらも60点だが、標準偏差はそれぞれ10と20だったとする。このとき、それぞれの科目について、100点を取った人と30点だった人の偏差値は次のようになる。
地理で100点だった人の偏差値
数学で100点だった人の偏差値
地理で30点だった人の偏差値
数学で30点だった人の偏差値
■偏差値で得点調整、選択科目によって有利不利も
私立大学ではかつて、選択科目間の得点調整を偏差値によって行うことがよくあった。しかし、前出の計算結果で明らかなように、平均点が同じであっても、偏差値に換算すると有利不利が出てしまうのである。前出のケースでは、同じ100点をとるならば地理でとった方が偏差値上は有利であり、同じ30点ならば数学でとった方が有利になってしまうのだ。
最近ではこうした大学でも、偏差値による得点調整を行っていないところがある。それにはこのような理由があったのである。
問題の難易度の差、マークシート式か記述式か、等々の要因を考慮すると(ア)(イ)(ウ)にはどれも一長一短がある。ただ、その仕組みについては理解しておきたい。
最後にもう一つ。実社会での統計の重要性を鑑みて、学習指導要領の上では統計教育が重視されてきている。ところが教育現場では、中学でも高校でも統計の内容は割愛する学校が多い。それは多分に「入試には統計は無関係」と考えられていることが原因である。
8月9日に公表された本年度の全国学力テストの結果でも、気になることがあった。中学3年の数学Aの問題で統計に関する平易な問題が出題されたのだが、「統計に関しては全く学んでいない生徒が多い」と考えるしかないほど残念な結果であった。実は社会人向けの高校数学復習の書でも、統計の記述がない書が大半である。拙著「新体系・高校数学の教科書(下)」では「大切なものは、入試とは無関係に詳しく述べよう」という信念のもと、統計の扱いを厚くした。教育現場でも、もっと統計についてしっかり教えるべきであろう。
芳沢光雄(よしざわ・みつお) 1953年、東京生まれ。東京理科大学教授を経て現在、桜美林大学リベラルアーツ学群教授。理学博士。数学教育に力を注ぐ。主な著書に「数学的思考法」「ぼくも算数が苦手だった」「新体系・高校数学の教科書」「新体系・中学数学の教科書」。59歳。
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