2014/3/13

けいざい半世紀

怪獣映画と大衆社会の関係を指摘する慶応大学の片山杜秀教授

「キングギドラには人間の影の部分がない」と映画、音楽にも詳しい政治思想史の片山杜秀・慶応大教授(50)は指摘する。キングギドラ登場のちょうど10年前、54年公開の「ゴジラ」制作の発端が、ビキニ環礁の水爆実験と第五福竜丸の被曝(ひばく)だったことは良く知られている。ゴジラは核実験を契機に目覚めた怪獣だ。

怪獣自身が「スター」として活躍

ラドンは激しい労働争議を繰り広げた九州の炭鉱が背景に描かれる。モスラも核実験と金もうけ主義のショービジネスがキーワードだ。いずれも現代社会の負の象徴で、復讐(ふくしゅう)するかのように日本に上陸しては街を破壊していく。

「キングギドラは宇宙からやって来て、地球側は大人から子供まで仲良く団結して立ち向かっていける」(片山教授)。社会風刺を込めた怪獣映画から、人気怪獣同士が屈託なく(?)プロレスのように対決するタイプへの転換だった。実際、東宝はキングギドラを登場させた64年以降、毎年定期的に「ゴジラ」シリーズを投入していく。

「キングギドラは国際的な潮流も取り入れていた」と片山教授は言う。「宇宙からの侵略者を迎え撃つ映画が米国などでも作られていた。キングギドラもその流れの中から生まれたといえる」(片山教授)。当時は米ソが鋭く対立する東西冷戦のさなか。それだけに国境を越えて人類が一致協力出来る映画が喜ばれたという。宇宙からの攻撃ならば米ソも共同で当たることができる。金星の高度な文明を滅ぼしたという経歴(?)を持つキングギドラは格好の悪役スターだった。大衆消費時代の敵役にふさわしいキャラクターを持っていたと片山教授は分析する。

キングギドラ(右)やゴジラたちは外貨を獲得できる貴重なソフトだった(「三大怪獣 地球最大の決戦」(C)東宝)

川北紘一・特技監督(71)は制作当時、東宝に入社して3年目だった。特撮現場への配属を希望し円谷英二監督に師事していた。「キングギドラが、それまでの実在する動物や恐竜からヒントを得ていた怪獣とは全く違うデザインなのに驚いた」という。

川北監督は「着ぐるみの重さは80キロくらいはあった」と振り返る。首や翼はワイヤーでつって操作・演出するしかない。3つの首の動きがそろいすぎないようバラバラに動かす工夫もしたという。飛行するキングギドラについても「鳥のように飛ぶのかロケットのように飛ぶのかでもスタッフ間で議論が続いた」(川北監督)。エレクトーンを使った鳴き声も3つの首ごとにそれぞれ違うようにしたという。

「三大怪獣 地球最大の決戦」で苦心したのはラストの4怪獣の戦闘シーン。キングギドラ、ゴジラなどが、なかなか全部1つの画面に納まりきれなかったという。1体ずつ距離を置いて撮るのが難しいのでラドンの上にモスラを載せたり、ゴジラの尾の先をモスラがくわえて移動したりして戦いを演出した。

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