71歳のライブ ポール・マッカートニーがやって来た
日経エンタテインメント!
71歳という年齢にもかかわらず、いまだ現役で活躍するポール・マッカートニー。最近の活躍ぶりには目をみはるものがある。2011年はニューヨーク・シティー・バレエのために曲を書き下ろしたり、ライブビデオを発売した。翌12年は『キス・オン・ザ・ボトム』という、亡き父が愛したスタンダードを集めたアルバムをリリース。ロンドン五輪開会式や、エリザベス女王即位60周年記念コンサートにも出演した。そして今年5月には「アウト・ゼアー」と銘打ったワールドツアーを開始。10月にはニューアルバム『NEW』を発売と、まさに休みなしなのだ。
なかでも日本のファンにとって最大の関心事は、11月11日から始まる11年ぶりの来日公演。今回の来日までに、既に南米、北米、ヨーロッパ、北米の順で回っている。
日本のライブでは新曲を披露する
――久しぶりの日本ですが、楽しみにしていることはありますか。
ポール・マッカートニー(以下、ポール):相撲を見に行きたいと思っているんだ。観光もしたい。妻も一緒なので、買い物にも行くということかな。もちろん一番楽しみにしているのは、ライブをやることだよ。久しぶりに日本のファンに会い、思い切り楽しみたい。
――公演は、どういう内容になりますか。
ポール:「アウト・ゼアー」ツアーで南米、北米、欧州を回ってきたが、日本ではそのセットリスト(ライブなどで演奏する曲目の一覧)に新曲を加えることになるよ。ツアーで正式に新曲を披露するのは、日本が最初なんだ。
多くのアーティストは、新曲をライブであまり演奏したがらない。観客にはなじみがないから、反応がもうひとつ良くないからね。それが理由で、往年のヒット曲だけを演奏したがる。でも僕らの場合、このツアーは新曲をファンにお披露目する意味があるんだ。ライブで新曲を演奏するのは気持ちがいいしね。もちろんファンに喜んでもらうために、ヒット曲もやらなければと思っているよ。
――日本のファンへのメッセージをお願いします。
ポール:日本のみなさん、こんにちは! オッス! 日本に行くのが待ちきれないです。みなさんの顔を見るのを楽しみにしてます。
――その「オッス!」はどこで覚えたのですか。
ポール:初めて来日した時に、日本語を教えてほしいと頼んだんだ。その時に教えてもらったのが「オッス!」だよ。男性言葉だとは知らなくて。実は娘が柔道を習い始めたんだが、それで娘も「オッス!」って言うようになった。「オッス!」は好きな言葉だよ。
4人の異なるプロデューサーを起用した新作『NEW』
10月には、ロックアルバムとして6年ぶりとなる『NEW』を発売した。「これは"バック・トゥ・ザ・ビートルズ・アルバム"だ」と本人が語っているように、ビートルズ時代のサウンドの要素が感じられる仕上がりとなっている。
――なぜオリジナルのニューアルバムを完成させるまでに6年かかったのですか。
ポール:途中でほかのプロジェクトをやったからだよ。いろいろな依頼がくるからね。面白いと思えば、すぐに引き受ける。例えば、「ニューヨーク・シティー・バレエのために曲を書いてもらえますか」と言われた時、「イエス」だった。やりたかった。でも、時間もかかった。それに、以前から父の世代が愛したスタンダードを録音するということも考えていたんだ。子どものころに聴いて育った曲の数々。それで『キス・オン・ザ・ボトム』を作った。これも時間がかかった。6年はあっという間だったよ。
――アルバム『NEW』ですが、最初は4人のプロデューサーを試すつもりが、最終的には彼らと一緒にアルバムを完成させることになったそうですね。それについて教えてください。
ポール:最初は4人のプロデューサーそれぞれ、何が可能か知りたくて、試しにやってみようと思った。一緒にスタジオに入って、彼らの仕事ぶりを見た時、4人ともすごく面白いと思ったんだよ。ポール・エプワースは実験するのが大好きで、スタジオに行くとアイデアを既に出していたから、その場で試してみた。オープニングソング『セイヴ・アス』は、そうしてできた曲だ。
マーク・ロンソンは、僕の曲をベターなサウンドにしたり、ベターなパフォーマンスを引き出しながらやった。イーサン・ジョンズはとても自然体なんだ。『ホザンナ』という曲を彼と一緒にやったんだが、歌って見せると、彼は「オーケー、それをそのまま録音しよう」ということになった。ライブテイクで生の感じを生かすんだよ。
ジャイルズ・マーティンの場合は何度もテイクをやって曲を完成させていく。クラシックの知識があるし、少し父親(注:ビートルズの多くの作品の音楽プロデューサーであるジョージ・マーティン)みたいなところがある。新ジョージ・マーティンだよ。
人生は笑いばかりではない、辛いときもある
――収録曲の『アーリー・デイズ』では過去を振り返り、悲しい視点から描いたのはなぜですか。
ポール:人生はいつも笑いばかりってわけではないから。悲しみやそれを感じた瞬間を表現するのは、曲の素材としてはとてもいいんだ。『アーリー・デイズ』は僕とジョン(・レノン)が黒いレザーを着て、ギターを持ち、道を歩いている所から始まる。それは僕の記憶に刻まれたイメージなんだ。初期のころのね。
でも、そういった桃色の思い出ばかりではない。時には辛い時もあった。睡眠を十分とれなくて、気が狂いそうな時もあった。苦労もあった。最初のコンサートからビートルズは成功していたと考えがちだけど、そうじゃないよ。最初のコンサートは大変だった。観客に気に入ってもらおうと努力したしね。
僕らはベターになる必要があったんだよ。そのころを振り返れば、悲しく辛い時期だったと言えるんだ。今となっては笑って冗談のひとつも言えるけれど……。
――『NEW』という曲では、「僕ら好きなことができる、好きなことが選べる」と歌っていますが、現在のあなたにはそれが可能ですか。
ポール:驚かれるかもしれないが、可能なんだ。「あなたは有名だから、普通の生活ができないでしょうね」とよく言われるけれど、できないことはないんだ。普通の人がそうするように、僕は新作映画を見に映画館に行くよ。有名な人はそれができなくて、家のシアターで見るっていうけれど、僕は映画館に行くのが好きなんだ。買い物にも行くし、ジムにも行く。人がたかってくることもない。その点で「好きなことができる」と言えるよ。またアーティストとしても好きなことがやれるという点で、自由がある。だから自分は幸運だと思うよ。
ライブを止めるなんて考えられない
――ニューアルバムの聴き所はどこでしょう。
ポール:みんなに気に入ってもらえたらと思う。曲や、僕の歌い方や、演奏などをね。そして、聴いた人に喜びをもたらせられるようなアルバムであることを望んでいる。それが実現したらうれしいね。
――あなたにとって、一番最近の"NEW"とはなんですか。
ポール:僕にとって"NEW"にはたくさんの意味がある。孫がいるけど、彼らの言うことには常々驚かされるばかりだ。それに10歳の娘だっているけど、彼女の言うことは何もかもが新しい。
先日も「パパ、アルバムのタイトルの『N』と『E』と『W』には、それぞれ終止符を入れるべきよ」って言われたんだ。「なぜだい」って聞いたら、「終止符を入れたら、これは何の短縮形なの」って聞かれるからって。それで僕は「では"N.E.W."は何の短縮形なのかな」と尋ねたんだ。そしたら娘は「Numerous Epic Words(壮大な叙情詩)」だって。まったく驚きだよ。
――息の長いキャリアを重ねてきたあなたですが、この先の展望を教えてください。
ポール:せいぜい考えるのは、今年何をやるか、明日何をやるかくらい。本能に従うだけなんだ。自分が好きなこと、というのは知っているから、好きなことをやる。こういった仕事ができて自分は幸運だと感じている。曲を書くのを止めるなんて考えられないんだ。
最近の観客は本当に素晴らしいから、ライブを止めるなんてことも考えられない。最高のバンドもいて、楽しくやっている。いろいろ面白い所へ行って演奏したり、素晴らしい人たちに会ったり。だからそれを続けるだけだよ。曲を書きレコードを作り、コンサートをやり、家族と暮らす。それで十分なんだよ。一生それが続けられると思う。
(フリーライター 高野裕子)
[日経エンタテインメント!2013年12月号の記事を基に再構成]
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