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生き方が職業になる時代 元俳優の軌跡 クリエイター 小橋賢児(1)

2014/4/22

 NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」のヒロインの夫役や、「人間・失格」など、一時はドラマを同時期に何本も抱える売れっ子俳優だった小橋賢児さん(34)。2007年に突然俳優を休業、テレビの前からこつぜんと姿を消しました。20代半ばにさしかかった小橋さんは、子役としてキャリアを積んで順風満帆に見えた未来について「30代の自分が見え、このままでいいのか?」と感じて日本を離れたそうです。イベント制作会社の経営者、クリエイター、そして映画監督として生きる今の自分を、数回にわたって語ります。

■俳優休業、34歳の今

小橋賢児(こはしけんじ) 1979年東京都生まれ。88年、8歳で子役としてデビュー。 1996年映画『スワロウテイル』(監督 岩井俊二)やドラマ『ちゅらさん』(2001年)など数々のドラマ・映画に出演。2007年、俳優活動を休業し渡米 。2012年、初の長編映画「DON'T STOP!」で映画監督デビューする。

 2007年、僕は28歳のときに8歳から20年続けた俳優を休業することに決めました。休業を決めて渡米し、帰国してからは映像制作やファッションショー、企業のプロモーションイベントを請け負う株式会社BIGBOYSの経営者として生きています。これまで、東京ガールズコレクションのオフィシャルパーティーの演出、レッドブル、キヤノンをはじめ企業のプロモーションイベントなども担当しました。

 ほかの顔ではマイアミで毎年行われ、マドンナやパリス・ヒルトンが自らチケットを購入して訪れているミュージックフェス「ULTRA MUSIC FESTIVAL」の、日本版『ULTRA JAPAN』のクリエイティブディレクターを務めていたり、自らカメラを回し映像編集もしたりする映画監督の顔もあります。 

 俳優を休業して、米国で10ヶ月を過ごしました。その間にもメキシコやコロンビアなどを旅して過ごしていました。帰国した08年、僕はすぐ俳優に戻るつもりはありませんでした。数年がたった今、俳優として映画に出演することもありますが、本当の意味で「社会」に出て、プロフェッショナルとして仕事の向き合い方は以前と明らかに変わったと思っています。

■勘違いから芸能界へ

 僕が子役として働き始めたのは8歳のときです。きっかけはバラエティー番組のオーディションに観覧募集と勘違いして応募したことでした。たまたま両親がその日家にいなくて、夕方学校から帰ったら好きなテレビ番組が「レギュラー募集中」というお知らせを出していました。当時テレビ朝日で夕方の6時から放送されていた「パオパオチャンネル」。子どもだったから「レギュラー募集中」という横文字の意味がわからなかったんです。

 届いた応募はがきを見た親から「いつの間に出したの」と尋ねられて「この番組好きで見たいから」と答えたら「あんたこれオーディションのはがきだよ」と説明されたんです。それを聞いて好きな番組を見られるならいいけど、出られるのなら「ラッキー」だと思ったんです。

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