保育園、「認可なら安心」は間違いだった待機児童の実態(3)

こんな思いをする親子を、もう決して増やしてはいけない

「大変だっただろうけど、これも勉強だね」という言葉もあるが、あんな辛い思いはもう嫌だ。親の自分はまだしも、息子にはもう笑顔を忘れるような思いはさせたくない。

待機児童の実態の一例として知ってもらえたらと思い、今回この原稿を執筆する機会をいただいたが、あの日の息子の姿がよみがえって何度も筆が止まった。私よりも辛い思い、大変な思いをした方も多くいるだろう。あの時、私は疲れきっていたうえに、子どもへの影響を心配し、役所やA園を抗議したり訴えたりすることもできなかった。今、こうして小さい声を文章ででも残すことで、今後、同じ思いをする親を少しでも減らすことができたら嬉しいと思う。

「子どもが歓迎される社会」を願う

様々な会社で働く先輩ママや友人の話を聞くと、仕事を続けられる人の多くは、両親(祖父母)やベビーシッター、ファミリーサポート制度などの援助が得られる人であることに気づく。夫たちは、深夜まで仕事で当てにならない。子育てに興味がないのではなく、帰って来ることのできない職場環境なのだ。日本の家庭の多くは未だ「子ども、母、その母」によって成り立っているのではないか。「子、母、父」ではなく。経済活動を担う夫が長時間残業をこなしている専業主婦世帯に至っては、これはなおさら強い傾向にあると思う。

共働きであっても、時間的にも経済的にもゆとりのない世帯もある。専業主婦やフリーランスは、育休中の手当てもない。「2人目が欲しいけど、こんな状況じゃ無理…」と言うカップルが多くても無理はない。

保育園には受け入れ先がない、働かずに家庭で育てていける経済的ゆとりもない、やりがいのある仕事に就いても夫婦2人ではどうにか“両立”するのが精一杯…。そんな現実に、日本社会に子どもが歓迎されていないようにさえ感じるのは、私だけではないはずだ。

欲しい福祉サービスや助成金などは多々あるが、願って止まないのは、日本が「子どもが社会に歓迎されている」と感じられる国になること。働きながら子どもを育てることが当たり前。そしてそれが喜びである。そんな社会を待ち望んでいる。

(ライター 内藤智子)

[日経DUAL2013年12月13日掲載記事を基に再構成]