「人類が望んでいた音」を手元のパソコンで
PCオーディオの魅力(上)
デジタルメディア評論家 麻倉怜士
「PCオーディオ」や「ネットワークオーディオ」が人気だ。手持ちのCD(コンパクトディスク)をリッピング(取り込み)してライブラリ化したり、CDより高音質なデータによる「ハイレゾ(ハイレゾリューション=高解像度)」ファイルを配信サービス経由で獲得し、PCオーディオやネットワークオーディオで再生する──。そんな新しいオーディオ世界を実践してみたいと考えているファンが実に多くなった。
私は月に2回、ビックカメラのオーディオコーナーで定期セミナーを行っている(ビックカメラ新宿東店、有楽町店、ラゾーナ川崎店)が、テーマをPCオーディオにすると予想をはるかに超えてたくさんの人が集まる。参加者の多くは、30代から40代のビジネスマン。Windows 95登場のころに仕事に就き、当時多く刊行されていたパソコン雑誌を読んで勉強してきた彼らが、再び"お勉強モード"になっている。
これまではもっぱら仕事のためにパソコンを使ってきたが、自分の趣味にもパソコンが生かせることを知り、PCオーディオなるものを実践してみようと考える人が増えたのだろう。
Windows 95が登場したころ、主たる音楽媒体はCDだった。2000年以降、その市場は急速にしぼみ、「着うた」のような手軽な音楽配信サービスが伸びた。主にCDシングルの需要がそれに流れた。米アップルのコンテンツ管理ソフト「iTunes」の爆発的人気も、それを助長した。しかし、だからといって、PCオーディオがはやるという理屈にはならない。というのも、PCオーディオをやってみたいと思わせる最大の原動力がハイレゾだからだ。
CDを超える「人類が望んでいた音」
PCオーディオの音源には、(1)パソコンでリッピングしたCD音源、(2)配信サイトからダウンロードしたハイレゾ音源、の2つがある。前者では当然ながら音質はCD以上にはならない。
しかし、ハイレゾは違う。大げさに言うと、CDを超える、人類が望んでいた音といっても過言ではない。
1982年のCD誕生当時、そのフォーマットは1970年代のデジタル技術水準と「人の耳の聴覚は周波数が最大2万Hz(ヘルツ)まで」という学術的知見から、サンプリングレート(標本化周波数)44.1kHz、量子化ビット数が16ビットに制限された。ところが、その後の研究で、人は2万Hz以上の高周波(ハイパーソニック)を自然界で豊富に聴いていることが分かった。音楽の場合も同じで、楽器の中には倍音が2万Hzを軽く超えるものが多数ある。
コンサートなどでは、ハイパーソニックを実際にたくさん聴いているわけで、それがメディアの技術的制約から完全に遮断されるのは問題だとの議論が、CDスタート後に巻き起こった。
リニアPCM というデジタルデータ変換方式の場合、ハイレゾでは88.2kHz、96kHz、172.4kHz、192kHzのサンプリング周波数が用意されている。この数値の半分の周波数が再生可能帯域となるので、ハイレゾでは再生音の範囲が飛躍的に広がる。さらに、ダイナミックレンジ(弱音と強音の差)もCDの16ビット(96dB)に対し、24ビット(144dB)へと飛躍的に拡大する。
高音質音源が手軽に入手可能に
ハイレゾ配信サービスも急伸している。わが国最大手のハイレゾ配信会社、e-onkyo music(オンキヨーの一部門)は近年売り上げが急伸、2011年度は対前年度比2倍、2012年度は同3倍の伸びだという。
同社は約2万曲のハイレゾ楽曲を有し、ユーザーは98%が20代後半から60代の男性だ。ハイレゾ配信を本格化したのは2012年。同年7月にワーナー・ミュージック、8月にビクター・スタジオ、11月にユニバーサル・ミュージックが、e-onkyo musicを通じてハイレゾ配信を開始した。一流ミュージシャンの一流の音源が、CDよりはるかに良い音で聴けると、人気沸騰中なのだ。
高音質化も進んだ。従来は24ビット/96kHzにFLAC(符合が復元できるロスレス圧縮)形式の組み合わせが標準的な配信モードだった。e-onkyo musicは、2012年4月にNHK交響楽団の過去の名演を集めた「N響アーカイブシリーズ」で、24ビット/192kHz+完全非圧縮WAV形式の配信を実現。その後はメジャーレーベルが追随し、DRM(デジタル著作権管理)の撤廃も普及を後押しした。
当初はDRM付きだったので、ダウンロードしたパソコンでしか聴けなかったが、今やほとんどすべてのハイレゾ楽曲がDRMなしになった。パソコンや携帯音楽プレーヤーなどにコピーして、広く楽しめる。
ハイレゾはポストCD
PCオーディオではハイレゾをどう再生するか。オーディオの基本システムを再確認しよう。一般的なオーディオシステムは、音の源であるプレーヤー、信号を増幅してスピーカーを駆動させるアンプ、電気信号を物理的な音に変換するスピーカーの3点からなる。
PCオーディオとは、「音の源」部分の変革である。オーディオの歴史を振り返ると1950年代のLPレコードの誕生からレコードプレーヤーが登場し、次に1982年にCDが発売されてCDプレーヤーの時代になった。PCオーディオは"ポストCD(CDプレーヤー)"のハイレゾに対応する。
正確に言うと、ハイレゾ再生はNAS(ネットワーク接続ハードディスク)とネットワークオーディオプレーヤーの組み合わせや、BDプレーヤーで再生するBDオーディオの道もあるが、今のところの主流はPCオーディオだ。
ハードルは低いが奥が深い
では、PCオーディオを音源にするとして、3点のうち、残りのアンプとスピーカーはどのように組み合わせればよいか。
原則的には、今まで聴いているコンポーネントを使える。ハイレゾ再生だから超高域まで再生できるものでなければならない、というわけではない。もちろんハイパーソニック領域までの再生ができるに越したことはないが、基本は、これまで愛用してきたスピーカーでよいだろう。「原則的」といったのは、ここで言うコンポとは、単体オーディオでなければ、話が成り立たないからだ。
というのも、ミニコンポやシステムコンポなどのシステム製品の中には、CDプレーヤーなどの外部機器からのアナログ(RCA端子)もしくはデジタル(同軸、光)入力で再生できる機能を持つものもあるが、基本的にその組み合わせの中で最善のバランスが得られるように設計されている。
例えば、プレーヤー部の低音が薄ければ、アンプで持ち上げる。アンプとスピーカーの間でも同様に特性を人為的にバランスさせているのが通常だ。せっかくのハイレゾ再生なのだから、ぜひ音質のしっかりとした単体アンプ、単体スピーカーと組み合わせたい。
そのキモとなるのが、「USB DAC」(USBでパソコンに接続し、デジタルの音楽データをアナログ信号に変換してスピーカーやヘッドホンに出力する機能)のアナログ出力の音質だ。USB DACは機器によって音質が大幅に違う。さらに、PCオーディオも「パソコン+USB DAC」のシステムとしてインテグレートされたオーディオ音源機器とみなせる。となると、パソコン側も音質の責任を負う。
PCオーディオというと、手持ちのパソコンにUSB DACをつなげばよいという「お手軽オーディオ」的なイメージがあるが、PCオーディオの研究本『高音質保証!麻倉式PCオーディオ』(アスキー新書)を著す過程で、ソフトウエア的、ハードウエア的な実験を多数重ねた私はこう認識した。PCオーディオの世界に入るのは簡単だが、本当の実力を発揮させるには、知恵と時間が必要な趣味だ、と。
音質向上にたくさんの余地
単にパソコンにUSB DACをつないだだけの音には、「これがあの高音質をうたうPCオーディオなのか」と、がっかりさせられることも多い。その大きな原因はパソコン自体にある。パソコンは「全くオーディオのことを考えずに作られた機器」だ。
普通のオーディオ機器は部品、配置、配線、筐体など、あらゆる要素で音質対策が施されるが、パソコンは全く何も対策されていない。音質的には裸の状態だ。このため、単にUSB DACとUSBケーブルで結んだだけでは、素晴らしいといわれるPCオーディオの音の数分の1のクオリティーしか得られないのは当然だ。
その状態から、もうこれ以上、上げるのは無理というレベルまで、調整やセッティングによって高音質に追い込むことこそ、PCオーディオのもうひとつの醍醐味。このことは、PCオーディオの"親戚"的なシステムのネットワークオーディオと比較するとよく分かる。
ハイレゾ音源をパソコンでダウンロードするところまでは同じだが、その音源ファイルをNASにコピーし、LAN経由でD/A変換機器(DAC)であるネットワークオーディオプレーヤーに読み取らせ、アナログ信号に変換して再生するのがネットワークオーディオだ。PCオーディオでの主役のパソコンと異なり、ネットワークオーディオプレーヤーは、オーディオメーカーが高音質ノウハウを結集して設計する。
したがって、音質レベルはかなり高い。一方、PCオーディオでは、もともとオーディオにまったく無縁なパソコンを中核にするため、出発点はかなり低い。しかし重要なのは、PCオーディオでは向上カーブが急激なことだ。なにしろ、オーディオ的に何もやっていないので、何か対策するとすぐに大きく変わってくれる。パソコンには、音を良くするための切り口が無限というほどたくさんある。それを1つひとつ丁寧に対処していくと音は累積的に良くなっていく。
私の経験では積み重ねていくと、あるとき突然、飛躍し始める。初めのころは「1+1=2」なのだが、それが10ほど累積していくと、互いの相乗効果により、ある瞬間から、突然二重にも三重にも効くようになる。最終的に到達したゴールは、当初の音の悪いPCオーディオから、圧倒的に音の良いPCオーディオへと大胆に変身するのである。
[ムック『これ1冊で完全理解 PCオーディオ2013-2014』(日経BP社)を基に再構成]
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