渋谷教育学園幕張 「自調自考」の姿勢を試す社会科入試問題でわかる 名門中学が求める子ども(11)

問題の中のヒントと自分の知識を結び付ける

表は、1877年から1911年までのある産業の工場数、生産高、輸出高を表している。1880年代から発展し、1899年にはピークを迎えている。当時の日本の産業の中心は軽工業である。有名なのはつい先日世界遺産に登録されたばかりの富岡製糸場。答えは製糸業かと、私は初め考えた。

「多くの受験生はそう発想すると思います。しかし、当時の軽工業には主に2種類ありました。生糸をつくる製糸業と、綿糸をつくる紡績業です。そのどちらかであることは、ある程度勉強をしてきた小学生ならわかります。今私はちょうどこの問題を解いて入学してきた中1を教えています。彼らに聞くと、ほぼ全員が、製糸業か紡績業かで迷ったと言っていました」と福元教諭。実を言うと、私は、製糸業は発想したが、紡績業はすぐには浮かんでこなかった。

「そこまでは、覚えた知識を思い出せるかどうかというだけのことです。『では製糸業と紡績業のどちらが正解か』ということを見極めるに当たっては、[情報]を活用します」

[情報]には、4つのヒントがある。3番目のヒントは、答えの候補になりそうな産業が2種類あることを示している。製糸業か紡績業が答えになるというところまでたどり着いている子どもにとっては、自分の推論が正しいことを確認することになる。残りの3つのヒントは、正解を絞り込むためのヒントである。

1番目はその産業が1880年代から発展しているということをヒントとして提示している。2番目は動力が蒸気力であることをヒントとし提示している。4番目は、主な輸出先がアメリカではなくアジアであったことをヒントとして提示している。これらがヒントといわれても、私にはまだピンとこない。「受験勉強から離れてしまっている大人だと、結構難しいと思います」と福元教諭は、頭を抱える私を気遣ってくれた。

私の知識とかろうじて結び付けることができるヒントだと感じたのは4番目である。綿の一大産地であるアメリカ合衆国に、日本からわざわざ綿糸を輸出するということはなかったであろう。アメリカ合衆国よりもアジアへの輸出が多かったということは……。

「答えは紡績業ですかね……」

「そうです」

ほっとした。

自分なりのヒントを見付ければいい

「どのヒントも、関連する情報を知っていて、与えられた情報と組み合わせて考えたときに、はじめてヒントとして機能するようになっています」

1番目と2番目のヒントはどのように利用すればいいのか。

「製糸業は1870年代から盛んになっています。その知識があれば、1番目のヒントから、答えが紡績業であることがわかります」