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福島浪江町の「大堀相馬焼」 窯の火を守る4代目 現役大学生跡取り奮闘

2014/6/8

東京電力福島第1原子力発電所事故に伴い、いまだ避難生活を余儀なくされる福島県浪江町。伝統工芸品の大堀相馬焼を復活させようと奮闘する若者がいる。大堀相馬焼の窯元「松永窯」4代目の松永武士さん(25)だ。跡取りとなるつもりもなかったし、親も継がせる考えはなかった。もう二度と戻れないかもしれない故郷への思いが松永さんを奮い立たせたという。

■「田舎モノ」のコンプレックスをバネに

松永さんは、福島県浪江町の伝統工芸品である「大堀相馬焼」の窯元「松永窯」の4代目として生まれた。福島という「田舎」から出たい一心で、1年間の浪人生活ののち慶応大学に進学。しかし、内部進学や都心の有名進学校から入学してきた「生粋のエリート」に囲まれると、人口2万人程度の「田舎町」で育った自分はかなわない、という劣等感がわいてきた。好きだった女の子にもふられてしまう。同級生たちが当たり前のように目指す外資系の金融機関やコンサルティング会社に入ってもそこで自分が勝ち残れるとは思えなかった。

松永窯。西郷村に新しくオープンした

自分の人間力を大きくするにはどうすればいいか、どこで勝負すべきか。悩んだ末にインターンシップ先だった個人経営の塾で社内ベンチャーを立ち上げる。ビジネスは軌道に乗り、今まで見たこともない金額が通帳に書かれたという。

その後、中国で新規に医療ビジネスを立ち上げるパートナーを探していた知人が松永さんに声をかけた。不安を感じつつも、新しい挑戦に引かれ大学生ながら中国に住む日本人向けの病院を経営する企業の代表になった。

松永武士さん

この頃、人生で一番追い込まれたと松永さんはいう。中国へたつ4日前、東日本大震災が故郷浪江町を襲った。両親とはその日に連絡がとれて夜には無事を確認できたが、実家はなくなった。故郷のことが心につかえていても、すでに多くの関係者を巻き込み、進み始めた新しいビジネス。代表である自分がやめれば、計画が頓挫してしまう。後ろ髪を引かれる思いで、松永さんは予定通り中国の大連に出発した。

■「もうやめたい」父親の言葉も

現地に駐在する日本人を対象にした、往診専門の病院は好調だった。がむしゃらに働いた。中国のビジネスも軌道に乗り、カンボジアでもマッサージ店を展開することになった。一方で時がたつにつれ、震災直後に離れた日本、故郷への思いが強くなっていく。被災した地元に何か貢献したい、また休学したままになっていた大学にも戻ってもう一度勉強したいと思った。企業経営を譲渡し、12年3月に帰国する。

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