昨夜のこと覚えていない…お酒の失敗、なぜ起こる?
働きもののカラダの仕組み 北村昌陽
百薬の長と呼ばれたり、人生を狂わせる元になったり。アルコールは"諸刃の剣"だ。「アルコールは、精神作用に働きかける薬物の一種。基本的にはダウナー(downer)系といって、神経の働きを沈静化する薬物に分類されます」
久里浜医療センター副院長の松下幸生さんは、こんなふうに話し始めた。なるほど、神経を鎮めるからダウナーか。これに対して、覚せい剤などの興奮させる薬はアッパー系と呼ぶ。
でも、お酒を飲むと多くの人が騒がしくなる。どうしてこれがダウナーなんだろう?
大脳皮質の働きが弱ると感情が表に出てくる
その秘密は、脳の構造と関係があるという。脳は、部位ごとに働きが分かれている。一番外側にある大脳皮質は、理性や思考を担当するところ。その内側の大脳辺縁系は、感情や記憶を担う。後頭部に近い小脳は運動機能。そして一番奥にある脳幹は、呼吸など、生命維持に必要な機能を支えている。「アルコールはまず、大脳皮質の働きを鎮めます」
大脳皮質の機能が弱まると、理性によって抑えられていた感情や本能的な衝動が表に出てくる。これで、普段は生真面目な人がやたら陽気になったり、泣き上戸に変貌したりするのだ。
まあ、少し抑制が外れるぐらいならいいけれど、さらに飲み続けると、運動や記憶の機能も次々と"沈静化"される。こうなると真っすぐ歩けなくなるし、何をやったか翌日覚えていないことになる。「そして脳幹までマヒすると、急性アルコール中毒です」。ここまで行くと、呼吸や血液循環が維持できず、生命の危機だ。うーむ、呼吸中枢までダウンさせるのか。侮るわけにはいかないのだな、アルコール。
もっとも通常は、飲んだアルコールは肝臓の働きで少しずつ分解されていく。「分解が追いつくペースで飲めば、いきなり脳幹までマヒすることはありません。そういうのはたいてい、一気飲みのような無謀な飲み方をした結果」と松下さん。
なぜ神経の働きを抑える? 実は良くわかっていない
アルコール分解は段階的に進む。ここで問題になるのが、途中でできるアセトアルデヒド。脳や内臓に強いダメージを与える有害成分で、頭痛や吐き気の原因物質と考えられている。「アセトアルデヒドを分解する能力は、遺伝子で決まっています」。アセトアルデヒド分解酵素(ALDH)の遺伝子を、人間は2本持っている。これには分解力が強いタイプと弱いタイプがあり、日本人の約半数は2本とも強いが、約4割は1本だけ弱く、1割は2本とも弱い。「1本だけ弱い人でも、アセトアルデヒドの分解能は、2本とも強い人の16分の1です」。
16分の1!? そんなに違うのか。こういう人は、アルコールの血中濃度が下がりにくいので、飲むとすぐに顔が赤くなる。ペースを守ってゆっくり飲むことが特に大事だ。
なお、2本とも弱い1割の人は、アセトアルデヒドをほとんど分解できない、いわゆる下戸。ただ、この場合は本人が「飲めない」と自覚しているので、むしろ心配ないという。
ところで、アルコールはどんなしくみで、神経の働きを鎮めるのだろう。「いい質問ですね。でもそのメカニズムは、実はあまりわかっていないのですよ」
へーそうなんですか。ちょっと意外だ。アルコールが、一部の神経細胞にあるGABA受容体などに働きかけることまではわかっているが、その先のメカニズムは不明な点が多いという。
ちなみに厚労省が設定した「節度ある適度な飲酒」量は、純アルコール換算で1日20g。少し物足りない気もするが、何はともあれ楽しく飲みたいものです。
生命科学ジャーナリスト。医療専門誌や健康情報誌の編集部に計17年在籍したのち独立。主に生命科学と医療・健康に関わる分野で取材・執筆活動を続けている。著書『カラダの声をきく健康学』(岩波書店)。
[日経ヘルス2013年2月号の記事を基に再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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