子どもの「ネット依存」 対策の先進国「韓国」に学ぶ
大人にも忍び寄る「ネット依存」傾向と対策(1)
2013年5月、携帯電話の操作に夢中になるあまり、小学5年生の男児が東京のJR四ツ谷駅ホームから転落した。歩行中に携帯電話やスマートフォンを操作したための事故は後を絶たない。その中には、片時もソーシャルネットワークやオンラインゲーム、チャットなどへのアクセスを止められないために体調や生活に支障をきたす「ネット依存」の人もいる。
食事中やトイレに入っている間でさえゲーム
首都圏に住む主婦Aさん(49)は携帯電話を使ったゲームに熱中し、ネット依存になった。片手でできるので食事中やトイレに入っている間でさえゲームをし続けた。人気のあるオンラインゲームは多人数同時参加型で、ネットの中で知り合ったプレーヤー同士で助け合い励ましあったり、対戦するなどのコミュニケーションができたりする。Aさんは、現実社会よりもネットの中が日常のような錯覚に陥り、ゲームに費やす時間が増えていった。
「会ったこともないネット上の仲間に対し、『自分が抜けては迷惑をかける』と義理を感じてしまい、良くないと思いながらも、1日20時間、オンライン状態のままゲームの場を離れられなくなった」(Aさん)
親の力だけではネット依存は食い止められない
オンラインゲームができるのは、携帯電話やスマートフォン、パソコンだけではない。
中高一貫の進学校に通う高校3年生の男性Bさん(17)は、中学生のころから、人気ゲーム機の「プレイステーション3」を使ったオンラインゲームに夢中になった。世界中のユーザーと四六時中対戦・協力しながらゲームができるため、日常生活は昼夜が逆転。朝、学校へ行く時間に起床できなくなり、高校へ進学したころからは不登校になった。母親がゲームをやめさせようとすると暴力を振るい、その後、急に電池が切れたように飲食、入浴も一切せず、うつ状態に陥ったという。
現在は、本人がゲーム依存を自覚したことで時間を区切ってゲームをするようになり、親に暴力は振るわなくなってはいる。しかし、学校へ行けない日もまだ多いという。
「まさか、単なるゲーム機で息子がネット依存、そして不登校になるなんて思ってもみなかった。学校の成績が伸びなくても、ゲームの世界では一番になれて自己実現できるのも息子にとっては魅力だったようだ。いまはスマートフォンでもオンラインゲームができるが、親はオンライン機器やゲームの進化スピードについて行けない。子どもを何とか助けたいと思ってあれこれ手を打ってみるものの、過保護なせいではないのか、育て方が悪いなどと身内に責められ、私自身もとてもつらい。親の力だけではネット依存は食い止められない」とBさんの母親は漏らす。
ネット依存が原因で、欠勤、引きこもり、うつ、低栄養、骨粗しょう症も
ネット依存の問題点は、昼夜逆転などによる不登校や欠勤、成績低下、引きこもりなどばかりではない。睡眠障害やうつ症状になるなど精神面でのトラブルも引き起こすほか、長時間やり続けるために食事をとらなくなって低栄養になったり、視力が下がったり、長時間動かないために10代でも筋力低下や骨粗しょう症といった身体症状も招く。もちろん、ネットが原因で多額の借金を抱えることになったり、友人関係や家族関係の悪化といった対人関係が損なわれたりすることもある。
5月31日に横浜で開かれた第2回インターネット依存国際ワークショップ(写真1)では、日本より早い段階からインターネットの普及が急速に進んだタイや韓国など「ネット依存治療先進国」の実情が報告された。
韓国では、16歳未満向けに深夜のオンラインゲーム禁止を導入
中でも注目すべきは韓国の取り組みだ。韓国では、2002年に光州のインターネットカフェで24歳の男性が86時間不眠不休でオンラインゲームをやり続けた末に急死した。この事件などをきっかけに、国を挙げてネット依存対策に取り組んでいる。
実務を担当するのは、女性政策や青少年の育成・福祉などを行う女性家族部で、ネット依存に苦しむ本人や家族を対象に24時間ホットラインを開設し、電話相談を実施している。また、2011年11月からは、全国で午前0時から6時までは16歳未満がオンラインゲームにアクセスできない「青少年夜間ゲームシャットダウン制」を導入した。この制度でオンラインにアクセスする子どもの数はある程度減ったというが、「一番大きな効果は、ネット依存が深刻な問題であることを国民に認知させることができた点」と韓国ソウル国立病院精神研究部のSungwon・Roh氏は話した。
実は、依存かどうかの診断基準は、まだ世界的に定まったものがない。そのため、現状は日本も含め世界的に、米国の研究者、キンバリー・ヤング氏が作成した診断ガイドライン試案が使われることが多い。しかし、韓国ではそういった指標を参考に独自のネット依存尺度「Kスケール」(図2)を開発した。2011年にスマートフォン依存に対応した「Sスケール」も作成している。
下の15の設問に答え、以下の点数で集計する。
・全くあてはまらない: 1点 ・あてはまらない: 2点
・あてはまる: 3点 ・非常にあてはまる: 4点
ただし、項目番号9番、10番、13番、14番は、次のように逆に採点する。
・全くあてはまらない: 4点 ・あてはまらない: 3点 ・あてはまる: 2点 ・非常にあてはまる: 1点
上のKスケールで集計した合計から、結果を判定する。
高リスク使用者
総得点が以下に該当するか、または、3つの要因別得点のすべてが以下に該当する場合
1) 中高生
総得点→ 44点以上
要因別得点→ A要因(1、5、6、10、13番) 15点以上、B要因(3、8、11、14番) 13点以上、C要因(4、9、12、15番) 14点以上
2) 小学生
総得点 → 42点以上
要因別得点 → A要因 14点以上、B要因 13点以上、C要因 13点以上
【評価と対策】
あなたはインターネット依存傾向が非常に高いです。専門医療機関などにご相談ください。
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潜在的リスク使用者
総得点または要因別得点のいずれかが以下に該当する場合
1) 中高生
総得点 → 41点~43点
要因別得点 → A要因 14点以上、B要因 12点以上、C要因 12点以上
2) 小学生
総得点 → 39点~41点
要因別得点 → A要因 13点以上、B要因 12点以上、C要因 12点以上
【評価と対策】 インターネット依存に対する注意が必要です。インターネット依存におちいらないよう節度を持って使用してください。
国費で、11泊12日の断ネットキャンプ「レスキュースクール」を開催
2009年からは韓国すべての小学4年生、2010年から中学1年生、2011年からは高校1年生も対象にKスケールを使った調査を実施。ネット依存がみられる子どもには親と一緒にカウセリングを実施している。そして、必要に応じて外来・入院治療も行われている。
さらに、青少年センター、教育委員会が連携した取り組みとして、Kスケールで高リスク群や潜在リスク群に入った中高生を対象に11泊12日の断ネットキャンプ「レスキュースクール」も16都市で年2回男女別に開催されている。費用のほとんどは国費で賄われ、参加者の負担は10万ウォン(約8000円)、低所得者は無償で参加できるという徹底ぶり。キャンプ参加期間は学校の出席日数としてカウントされる点も画期的だ。
このレスキュースクール(13~16歳の男性対象のプログラム)を見学した国立病院機構久里浜医療センター・ネット依存治療部門の看護師の橋本琢磨氏によると、プログラムは、スキー、乗馬、Tシャツペイント、ロボット作り、映像作成など、ネットやゲームから離れて楽しみながらコミュニケーションを行い、現実社会の問題に対処する力を獲得できるような内容になっているという(写真3)。
ネット依存者は、前述したとおり、少しでも長くネットをしたいと、食事をとらなかったりインスタント食品で済ませたりするために、低栄養や肥満といった問題を抱えている。そこで、栄養バランスや摂取量について食事指導を受けるプログラムも組み込まれている。また、2~3人の参加者に1人の割合で寝食を共にするメンターが大きな役割を果たしていたという。メンターは、軍隊経験のある心理系学部の大学3~4年生で、メンター自身も通信機器、タバコ、酒の持ち込みは禁止だ。
「キャンプに参加するのは子どもだけだが、並行して両親の教育プログラムや相談が実施されていた。印象的だったのは、親はゲームの危険性を知り、現実社会で認められず寂しい思いをしている子どもの心の空白を知るべきと強調されていたことだ。参加後にも家庭訪問や面接、メンターとの再会の機会もあり、長期的に参加者と両親をサポートする体制が組まれていた。日本でも、大人も子どももネット依存の危険についてよく知り、医療、行政、教育現場が連携して子供をネット依存から守っていく必要があるのではないか」と橋本氏は指摘する。
さまざまなネット依存対策が功を奏しているのか、韓国のネット依存率は若干減少傾向にある。5~49歳の1万5000人を対象にしたインターネット・スマートフォン利用と依存の全国調査で、2012年のネット依存率(スマホ依存を含む)は全体で7.2%、前年より0.5ポイント減少した。ただし、年代別にみると10代は10.7%と最も依存率が高く、前年より0.3ポイント増加。5~9歳でも7.3%(前年比0.6ポイント減)がネット依存になっており、若年化が心配される(図4)。
この調査からは、スマホ利用者は使っていない人に比べてネット依存率が高く、1日平均使用時間は7.3時間ということも分かった。一般的なスマホユーザーの平均使用時間は4.8時間というから、2倍近い時間をスマホに費やしていることになる。一般的にネット依存は男性に多いが、スマホ依存は男女同率程度だったという。
ネット依存は何より予防が大事
タイでも2004年から政府がネット依存の予防教育を始めている。日本の小学4年生から中学3年生にあたる年代の親と子どもを対象に、政府が「家族管理教育プログラム」を実施。マヒドン大学シリラート病院精神医学部のWoraphat Ratta-Apha氏は、「ネット依存は何より予防が大事。そのためにも子どもと親を巻き込んでいくことが大切だ」と話す。同国の2010年の調査では、プログラムの対象にしている世代の子どもの13.3%がオンラインゲーム依存だったという。また、スマートフォンの普及によって、フェイスブックや通信アプリのLINEといったソーシャルネットワークにアクセスし続ける新しいタイプのネット依存が社会問題化し始めているとの報告もあった。
一方の日本では、初のネット依存外来が立ち上がったのが、2011年。専門外来を開設した久里浜医療センターによると、2008年に実施した調査でネット依存傾向者は成人の270万人[注]と推定される。
同センター・ネット依存治療部門の報告では、専門外来開設の2011年7月から13年3月までに寄せられた電話相談は259件、同外来の受診は126件。依存の原因になっているサービスは、オンラインゲームが83.0%と最も多く、ブログ7.4%、動画3.2%で、ソーシャルネットワーク依存は2.1%だった。使っている機器はゲームに適した特殊なパソコンが最も多く、現状では、スマートフォンや携帯電話によるゲーム依存は少ないという。
(ライター 福島安紀、構成 日経ヘルス編集部)
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